Cemetery

※主人公:チャーミングな何様俺様天才(自称)様な人外説のある男(諸説あり)

愛によく似た言葉

引いたドアに鍵がかかっていた。開かないドアにざらついたものが胸を撫で上げていく。もしかして、もしかして。心臓が嫌な音を立てだし震える手でなんとか鍵を開け中へと入れば、室内は真っ暗。電気をつけ見回すが人の気配も無くあるはずの靴も無い。喉が奇妙な音を立て息が止まる。「大和……?」掠れた声はあまりに弱弱しく、だが静かすぎる室内には驚くほどよく響いた。大和がどこにもいない。なんで、なんで?「電話……」ハッと気づいて慌てて端末を引っ張り出すが何の連絡も来ていない。どこに行ったんだ、まさか、僕のこと、嫌になった?だから置いていったの?震えた指じゃ上手く操作出来ない。何度も失敗しながらどうにか聞こえ出した呼び出し音に、ぎゅうっと喉が締め付けられたように息が詰まる。どうか出てくれますように、とリビングへ向かいながらじっと電話の向こうに意識を傾けていれば、ソファの方から聞き慣れた着信音が聞こえてきた。「なんで、」まさか本当に僕のこと捨てたの、だから携帯も置いていくのか、そうなのか……?ぐらりと視界が傾く。崩れ落ちるように座り込んだ背後で、がちゃんとドアの開く音が鳴った。「あれ、征十郎?いるのか?」近付く足音に振り返れば、少し驚いたように目を丸くした大和がいた。「大和っ!」勢いよく立ち上がって、そのままぶつかるように細い体を強く抱きしめた。ああ、よかった、大和だ、ここにいる。「大和、どこ行ってたんだ」肩口に顔を埋め、きつく抱きしめたまま問えば少しだけ彼の身体が強張った気がした。「悪い、少し買い物行ってて……」「なら携帯、ちゃんと持っていって。連絡つかないのは駄目」置いて行かれたかと、捨てられたのかと思った。「ごめん、気ぃ付ける」そっと背中に回された腕にやっと呼吸が落ち着きを取り戻していく。「大和、すき、ねえ、置いていったりしないで」僕から離れないで、ずっと傍にいて。「……うん」少し苦しそうな声は微かに揺れていた。
rewrite:2021.09.11

望み通りの永遠

ちかちかと明滅する。ゆっくりだったそれは次第に加速してずっと光っているような錯覚を起こさせる。まるで使い物にならない頭で思うのは、ただ一つ、僕は彼を何よりも愛しているということだけだ。先が見えるというのは良くもあるだろうし、悪くもあるだろう。この後、お前はきっと顔を引き攣らせるんだろう。怯えたように唇を戦慄かせて、震えた声で言うんだ。「お前、おかしいよ」ほうら、僕は何でもお見通しなんだ。一歩後退った彼に、分かっていても苦しくなる。あの柔く仄甘い優しさを湛えていた瞳は揺れて次々とその色を落とし、拒絶を示し始めていた。嗚呼。「おかしいのは君の方だよ」血の気の失せた頬に手を伸ばせば、強張る。嗚呼。でもそれは何もかも偽りなのだ。僕は何でも、お見通しなんだから。「僕は至って普通だ」揺れて安定しない瞳が、狂っていると言いたげに歪んだ。僕がそうだというのなら、彼はどうなのだ?また一歩、彼が逃れるように僕から離れた。そして震えた声で、まるで自分に言い聞かせるように山ほどの否定をぶちまけてく。その必死さに笑ってしまいそうだった。「何をそんなに頑なになる必要があるんだい?」さっさと受け入れてしまえばいいのに。ぐらぐらと今にも崩れてしまいそうな場所にそれでも佇む、動こうとしない。ただ自分が怖いだけなのだろう、自分の感情を認められないのだろう、だから立ち止まるのだろう、でもそんなの、許さない。「駄目だよ」そんなのはいけない。浅く息を繰り返す彼に銃弾を浴びせて何もかもぶち壊すのだ。君は覚えているだろうか、僕と初めて会った日のことを。僕は今でも鮮明に思い出せる。あの夢見るような横顔も、煌めく瞳も、感じた素晴らしい未来も、何もかも覚えている。くるりとそれを手の中で弄ぶ。滴が僅かに散った。この後、君がどんな顔をするのかも、何を言うのかも分かってしまった。僕は何だってお見通しなのだもの。だから、力なくしゃがみ込んだ彼の頬に触れて僕は言うのだ。「愛しているよ」とね。
rewrite:2021.09.20 | BGM:メロウ / 椎名林檎

言の葉の飽和

俺たちは確かに別れたはずなのだ。もう無理だと言う俺に、赤司は確かに頷いた。そうか、と少しだけ寂しそうに微笑んで、今までありがとうと終止符を打ったのだ。だというのに、なんだ、これは。まだ付き合っていた頃、赤司は毎日俺を迎えに来ていた。赤司と違い部活に入っていない俺は朝練なんてなかったけれど、少しでも一緒にいたくて共に登校していたのだ。別れを告げてからは当然別々の時間で登校していたはずなのに、今日、突然赤司はやってきた。あの平然とした、さらりとして掴めない態度で挨拶をして、極々普通に俺の手を引いて歩く。離れてからも会えば挨拶をしたり、少しは話したりもしていたけれど、必要以上に接触することはなかった。それが突然、まるで昔に戻ったように触れてくる。「赤司」頭が追いつかない。足を止め手を引いても赤司は手を離さない。指は絡んだまま動かない。「どうした?」優しく柔らかなその声は、隣にいたときと同じものだった。何もかも、数週間前のあの会話さえなかったかのように振る舞う姿が恐ろしい。一体何のつもりなのだろう。「手、離せよ」怖い。手を引いても絡む指は離れず、それどころかより強く握り締めてくる。「何をそんなに怒っているんだ」困ったように眉を下げ覗き込むように首を傾げる。何か噛み合わない、何かが決定的に食い違っている。そうして俺を見つめる赤司の目があの頃と同じ甘ったるいものだと気付き、ぞっとした。「なあ、俺たち、別れたよな」唇が震える。「え?」何を言っているのか分からないとばかりに傾けられた顔。それから驚いたように瞬き、そういう冗談はあまりすきじゃない、と低い声で赤司は言った。「冗談……?」彼の中では無かったことになっているのか。嘘だろうと掠れた声で言えば赤司は不可解そうに眉を寄せた後、疲れているのかと心配そうに言った。握られた手に汗が滲んで気持ち悪い。そうしてまたひとつ気付くのだ。真っ直ぐこちらに向けられていた瞳は、濁り、何も見ていないということに。
rewrite:2021.10.10

憂き夜にいとしい子守唄

※どっかの山村パロ

ひとつまた隠す。嬉々と語られた話を思い出しながら空を仰いだ。沈みかけた日が目を焼く。ひとつまた消える。可哀想に、なんて薄く笑って闇を湛えはじめる山道を下った。「―――!」誰かの大声と落ち着かない空気に目が覚めた。窓から差す日は高く、随分長いこと眠ってしまっていたと知る。気付かなかっただけで相当疲れていたのかも知れない。寝間着から着替え戸を開けると村の人たちが集まって何やら騒いでいた。一体何の騒ぎだ、なんて嘯いてその輪の中に入れば、「赤司君!」焦りの滲んだ水色が向こうから駆けて来た。「テツヤ。この騒ぎは何だ?」「それが、あの、またいなくなったんです、今度は黄瀬君がっ」また。「また、か。これで四人目、だったな」四人。数日、たったの数日で村から四人もの人が消えたとあって村内はまさしく天と地がひっくり返ったような騒ぎに満ちていた。男衆で捜索に出ても何一つ見つからず、古老たちは神隠しだと騒いでいる。「……大和君、相当参っているみたいで」「ああ……あいつ、涼太と仲が良かったからな」涼太だけじゃない、今までいなくなった者共は皆彼と親しかった。そのせいで今、彼は謂れのない非難の的とされ半ば村八分のような扱いを受けている。「大和はどうしてる?」「家にいると思います。あの……」ぐっと言葉を呑み込んだテツヤに微笑み、大丈夫だと頷いた。「出発は何時か決まったのか?」「いえ、まだ」「なら、決まったら知らせに来てくれ」背を向け、真っ直ぐ彼の家へ向かう。可哀想に、きっとまたどうすることもできない自分を責めて泣いているのだろう。村内のあちこちで囁かれる呪われた噂を抱えて。悪戯に荒らされた戸を三度叩いて押し開ける。「大和、入るよ」返事はない。とまた寝間にでもいるのだろうと勝手に上がり込み奥へと行けば、やはり彼はいた。「大和」さめざめ涙を落とす彼の青い顔が可哀想で、そうっと震える肩を引き寄せ強く抱き締める。僕の体温で少しでも安心するように、と。「大丈夫、涼太は必ず見つかるから」なんて嘯いて、涼太から贈られたのだろう枯れ落ちた花を踏みつけるのだ。
rewrite:2021.10.10 | BGM:愛に奇術師 / 電ポルP

飼い慣らした手のひら

またあいつが女を泣かせてた、今日ので何人目だ、そういやこの前は男だった。ひそひそ愉しげに囁かれる話の中心人物はいつも同じで、結末も同じ、何もかも捨ててまでもその男を愛し、尽くしていた人間を男はゴミでも捨てるかのようにカンタンに切り捨てた、なんてものだ。「それで、今度は何て言って泣かしてきたんだい?大和」噂の中心人物は室内に入って来るや否や「お前までそんなこと聞くわけ?」と顔を顰めソファに身を沈めた。その長い足を組み海色の瞳でじっとりと僕を見やる。「あっちが全部勝手にやってきてたの、お前も知ってんでしょ」お前も煽ってたくせに、なんて少しうんざりとした様子を見せる。「征十郎、こっち」ぽんぽんと自分の横を叩いてちらりと視線をよこす。軽いため息を吐きながら読みかけの本を置き、彼の座るソファへ腰掛ければ彼が凭れかかってきた。その重みとあたたかさを感じられるのは僕の特権だ。そんなことを考えながら彼の手に触れればごく慣れた手付きで指を絡められ、甘えるような唸り声と共に肩口に彼の額が擦り付けられる。「疲れた」「止めればいいじゃないか」「ん~、やだ」全く、彼のこの悪癖はどうにもならない。「毎日誰かに別れてくれと言われる僕の身にもなってみろ」「んなこと言ってお前も楽しんでんじゃん」「流石に泣き叫ばれるとうんざりする」きゃらきゃら無邪気に笑う彼に、一体どれだけの人が弄ばれたのだろう。思わせぶりな視線と笑みで男も女も関係なく虜にして、けれど決して自分には触れさせず決定的な言葉も絶対に与えない。焦れた相手がどう動くのか、彼と別れてくれと言われた僕がどう返答するのか、そうして相手が自分にどう出るのか、ただ愉快そうに眺めている。彼なりに言えば所謂“知的好奇心”を満たすためらしいこれにあと一体何人が巻き込まれるのか。「大和、“遊び”もほどほどにね」まあ、あと何人巻き込まれようがどうなろうが、結局彼が一番求めるものが僕であるうちは僕も彼の“お遊び”に付き合おう。
rewrite:2021.10.17

あなたの影を焦がす

夕暮れ時はどうしてこんなにも人を不安定な気持ちにさせるのだろう。橙に染まった世界における音の気配はひどく希薄で、そんな場所で感じるのは自分一人だけ取り残されてしまったような薄っすらとした恐怖だ。工藤大和はそんなぼんやりとした輪郭のない恐れを抱えながら誰もいない廊下を歩いていた。随分と委員会が長引いてしまった、さっさと帰ろう、と教室へ向かう足を早めたとき、ふいに視線を感じた。刺すように鋭く燃えるような熱を含んだそれに彼は覚えがある。その心当たりに顔を歪めつつ振り返ると続く廊下の先、ここ最近嫌というほど視界に入る男子生徒が立っていた。赤司征十郎という大和の一つ下にあたる後輩のその生徒は、最近彼に何かとアプローチを仕掛けてくる男である。何度断っても諦めずに愛を囁くこの男が大和は少々苦手であった。一瞬顔を歪めた彼に赤司はその端正な顔を柔らかく綻ばせる。「大和先輩がこんな時間までいるなんて珍しいですね」沈みゆく夕陽よりもなお赤い瞳が煌々と輝いていた。日差しの向きで薄く影の差したその顔はどこか冷たく、大和に言い知れぬ恐怖を与えてくる。「委員会ですか?」一歩近付き目の中を覗き込む様はさながら獲物を飲み込む前の蛇だ。「そうだけど」掠れた声に赤司は薄く笑い、また一歩近付く。「先輩にずっと聞きたかったことがあるんです」「……なに?」「どうして貴方は僕のものにならないのですか」これだけ僕の気持ちを伝えているのに、と美しい微笑みを浮かべた顔はどこか崩れていて、気味の悪い色を放っていた。何も言えないでいる大和に赤司はまた一歩近付いて、ゆらりと揺れる。何かが夕陽を反射した。「ずっと考えていたんです、どうしたら大和先輩は僕のものになるのだろうって」それは鋭く尖った銀色の鋏であった。「それで解ったんです」逆手に握られたその切っ先に顔が強張る。壊れた笑みに満足げな色を浮かべながら、赤司はその刃先を己の喉へと向ける。「ねえ、僕を殺すのは貴方ですよ、大和先輩」
rewrite:2021.10.17 | 辻村深月さんの鍵のない夢を見るの台詞より

ひとりぼっちの告解室

彼にとっても俺にとっても、この世界はあまりにも生き難かった。息をするのも一苦労で、気を抜けばすぐに呼吸を奪われる。居場所なんてない。あるとすれば、それは彼の隣だけだった。彼がいれば俺は息が出来たのだ。彼も俺がいると息が出来るといってくれた。俺と彼は切っても切れない、太くて丈夫な糸で繋がれている、そう、思っていた。「大和……?」は、と真夜中に目が覚めて、彼のにおいがして名前を呼んだ。彼がいる気がした。すぐそこに、いつも俺に見せていた優しくて温かくて、悲しくなる笑顔を浮かべて立っているような。「大和!」ばさりと掛かっていた布団を跳ね除けて起き上がった。しかしひたりと冷たい床に足を置いた途端、現実に引き戻される。そうだ、居るわけがない。だって大和はもう俺のそばにはいないのだ。あの日、もう生きていられないと泣きそうな顔をして俺の手をとった彼の手の温度がまだ手のひらに残っている。そして同時に、あの絶望的な程に冷たくなった手も。どうして連れていってくれなかったんだと、今でも思うときがある。置いていくなんてひどい、俺は彼がいないと満足に息も出来ないのに、と。でも違った。彼がいなくなってもこうして平然と呼吸を繰り返し、日々を過ごしている。彼がいたあの時と変わらずに俺は生きていた。後を追えば良かった、すぐにでも追いかければ彼にまた出会えたかもしれなかったのに。けれどあの時俺はすぐに彼を追うことは出来なかった。そうして俺を見張る視線で出来た見えない縄が行動を制限して、呼吸すらまともに出来ない時があっても、それでも結局俺は生きていた。機会はあった。でも、俺は彼の後を追えなかった。今でも時折彼の声が聞こえる。どうして追いかけて来てくれないんだ、と俺を責め立てる彼はそれでも悲しいほど美しい笑みを浮かべているのだ。君がいない世界で生きるのはとても難しい。死んでしまいそうなくらいに。でも、それでも彼を探しにいけないのは、ただ俺が弱いからというだけの話だった。
rewrite:2021.11.11

まぼろしが君になる位置

そこは彼のお気に入りの場所だった。日の光が程好くあたりいつでも優しい暖かさを与えてくれるそこに、いつも大和はいた。空き時間があるとそこへ来て、何をするでもなくただぼんやりと空を眺めたり、木漏れ日の描く模様を見つめたり。時には目を閉じ、全身から力を抜いてぐったりとベンチへ体を預けているときもある。まるで死んでしまったかのように。その姿を見る度俺の心臓は一瞬動きを止めるのだ。今度こそ目を開けないのではないか、と。彼は危ういバランスで生きていた。いつ崩れてしまってもおかしくないような不安定な場所に立っているから、恐ろしくなる。夜眠りにつくときも彼のことを思うと不安で寝付けなくなってしまう。朝起きて学校へ行っても、もう彼に会えないかもしれない。そうして会えなくなって後悔してしまうくらいならばいっそ、なんて考えてしまいそうになる時さえあった。その日も弁当を片手に訪れたベンチにやはり彼はいた。ぼんやりと揺れる花々を見つめている。やあ、と声をかけて隣へ腰かけても返事は返って来ない。視線すら寄越さない。いつだってそうだ。彼は俺を見ない。俺だけじゃない、彼は誰も見ない、何も見えないのだ。全てすり抜けてしまう。瞬き以外、微動だにしない彼の横顔をしばらく見つめた後、漸くいつも手ぶらな彼が今日はペットボトルと何かを握り締めていることに気付いた。半分ほど中身のない自販機でよく見るミネラルウォーターと、何だろう。ピルケースのような小さなプラスチックの箱。それは何だい、と尋ねてみてもやはり返事はない。ただでさえゆっくりとした眠ってしまいそうな瞬きが、今日は殊更に遅かった。そのまま眠りについてしまいそうだ。その無感情で無機質な横顔に心臓がじくじくと痛みだした。怖い、大和がこのまま眠ってしまって、そのまま起きないのではないかと思ってしまう。箸を止め、生気のない顔をじっと見つめる。深淵の瞳は、今は何も映していない。ふうっと彼の口から吐息が漏れる。それは合図で、最初で最後の俺への言葉でもあった。
rewrite:2021.11.14

春によるさざ波

京都の高校に進学が決まり、自動的に一人暮らしをするということも決まった。持っていく物を纏めるついでに、気持ちの切り替えがてら部屋の整理もしてしまおうと思ったのだが、改めてこう見てみるとどうも僕の部屋は物が多い。色々な物で溢れている。日頃からなるべく綺麗に使うようにしているけれど、物が多いせいかあまり整った印象は受けない。単純に僕の片付けが下手だというだけかも知れないが。放り投げられていた文庫本を机の上に置きながら、この機会に物を少なくしようと決めた。そうして僕は少しずつ片付けを始める。要るもの、要らないもの、持っていくもの、置いていくもの。いくつかの段ボールに分けて詰め込んでいく。なんとなくパズルでもやっている気分になった。段ボールの隙間を埋めていくのが似ているからかも知れない。少しずつ部屋の物が無くなっていくのは寂しいような、スッキリしたような、不思議な感覚があった。「やあ、遅かったね」ノックの音にドアを開ければ微かに外気の冷たさを纏った大和が立っていた。部屋の掃除をしている、と言ったところ手伝うと言ってくれたのだ。昔から、いつも彼は部屋の掃除を手伝ってくれる。それを知っていて言ったのだけれど、思った通りに変わらずこうして手伝ってくれるのが少し嬉しかった。「意外だな」半分以上終わっている室内に大和が目を丸めた。そうか、と首を傾げると「お前、昔から片付け下手だったじゃん。物捨てるのも苦手だったし」と僅かな懐かしさを滲ませる。ああ、確かに言われてみればそうかもしれない。物を捨てるのはどうも苦手だった。物を捨てるということが、思い出も何もかも捨ててしまうことのように思えたからだ。忘れてしまうような気がして出来なかった。けれど今、僕は物を捨てることが出来ている。切り捨てている。「こっちのは全部捨てるやつか?」段ボールの横の文字を見てから中を覗く。「そうだよ」一瞬、横顔が寂しげに揺れて見えた気がした。
rewrite:2021.11.14

えいえんのための摩耗

蝉の鳴き声が聞こえる。夕暮れ時の赤く染まった教室に誰かが立っていた。窓枠に手をつき外を眺めていたそいつが振り返る。逆光で顔はよく見えないけれど、それが誰かは知っていた。そりゃあそうだ、ここにそいつを呼んだのは他でもない自分なのだから。夕日の眩しさは目に染みる。窓に寄りかかったまま、それは口を開いた。声が教室に広がっていく。「―――――」ああ、蝉がうるさい。頭が割れそうだ―――。これは単なる憶測でしかないけれど、僕の愛というものはきっと半分ぐらいしか大和に伝わっていないのではないだろうか。いや、半分も伝わってない可能性の方が高いかも知れない。まあどんなに想ってたって、所詮僕と彼は他人で、彼は僕自身ではない。だから全てが伝わるだなんてことはあり得ないとわかっている。けれどやはりどこかで、全て伝えたい、伝えられる、伝わっているはずだと思ってしまう。何故分からないんだろうと苛立ちさえ感じる時もあるくらいだ。言葉や行動で伝わる愛なんてたかが知れているのに。というか、僕のこの感情を愛だなんていうたったの一言のみで表そうとしたのがそもそもの間違いなのかも知れない。いくら言葉があっても足りない、なんて言われるような類なのだ、この感情は。僕でさえ計り知れず、日増しに大きくなっていくばかりなのだから。「全く、厄介なものだよ」足首に絡みつく黒い影を振り払って、残骸を踏みつけた。蝉が鳴いている。血のような夕日の赤が眩しくて目を閉じた。前に彼が僕の目の色と同じだと笑っていたことを思い出す。あの日も今日みたいな目に痛い程に赤い夕日が浮かんでいた。こびりついたように張り付く蝉の鳴き声に頭を振る。追いかけるようにずっと鳴り響くそれにいい加減うんざりして、踏み砕くように一歩足を動かした。ああ、と息が漏れる。湿ったような生臭くて生温い、気持ちの悪い風が頬を撫で蝉の声が増していく。わんわんと脳を揺さぶるような大きさに、くらりと目眩がした。
rewrite:2021.11.14 | 蝉ネタと夕暮れ時ネタがすきなんだなあ