神様の什器
「もう大丈夫だよ、水緒。怖いものはもういないからね」
薄暗い蛍光灯の下で赤い瞳が煌めいていた。座り込んだ僕はただそれをぼんやりと眺める。差し出された手は白くて綺麗で体温を感じさせず、僕はその手もただぼんやりと見つめた。
怖くないよ、とその人はもう一度繰り返す。口元に浮かべられた微笑みはとても優しい。こんなに優しい表情を向けられたのは、きっと生まれて初めてだ。
みんな僕を素通りしていってしまう。僕はここにいないものだからそれは当たり前なんだろう、よく分からないけれど。
でも時々、とても冷たい無機質な目を向けられてしまうことがある。そういう時、少しだけ息が苦しくなる。
「水緒」
「安心していいよ」
「怖いものは全部なくなったから」
「もう君を苛める人はいないよ」
「僕が綺麗にしたから」
その人は優しい笑みのまま、優しい声音で次々に言葉を紡いでいく。でも僕の意識はその人の向こうに見える倒れた誰かに向いてしまっていて、彼が何を言っているのか上手く理解出来なかった。
あれは何だろう、おかしいなあ、さっきまではわかってたと思うんだけど。
「水緒?」
「具合でも悪いのかい?」
「何処か痛い?」
「それとも、」
何も反応出来ない僕を覗き込むように、その人も座り込んだ。兎のように真っ赤な目がじいっと見つめてくる。
けれど僕の意識は相変わらずあちこちに霧散していて、丸見えになった彼の背後が気になってしまう。
あれは何だろう、何の温度も感じさせない。物と同じだ。でも僕はそれが何なのか知っているような気もする。わからない。
「水緒」
白い手が頬をそっと撫でた。冷たく見えたその手は案外あたたかくて、その温度にふと何かが顔を覗かせる。
ああ、あれはもしかしたら、僕の、
「ほら水緒、はやく行こう」
「こんなところに居ちゃ駄目だ」
ね、とにっこりその人は笑って僕の手を握る。そこで初めて僕は彼の顔をきちんと見た。
「僕の家に行こう、きっと水緒も気に入るよ」
びっくりするほど綺麗な、お人形さんのような顔が優しい笑みを浮かべている。はて、この人は、一体?
rewrite:2021.11.14