あなたの影を焦がす
夕暮れ時はどうしてこんなにも人を不安定な気持ちにさせるのだろう。
橙に染まった世界における音の気配はひどく希薄で、そんな場所で感じるのは自分一人だけ取り残されてしまったような薄っすらとした恐怖だ。
工藤大和はそんなぼんやりとした輪郭のない恐れを抱えながら誰もいない廊下を歩いていた。
随分と委員会が長引いてしまった、さっさと帰ろう、と教室へ向かう足を早めたとき、ふいに視線を感じた。刺すように鋭く燃えるような熱を含んだそれに彼は覚えがある。
その心当たりに顔を歪めつつ振り返ると続く廊下の先、ここ最近嫌というほど視界に入る男子生徒が立っていた。
赤司征十郎という大和の一つ下にあたる後輩のその生徒は、最近彼に何かとアプローチを仕掛けてくる男である。何度断っても諦めずに愛を囁くこの男が大和は少々苦手であった。
一瞬顔を歪めた彼に赤司はその端正な顔を柔らかく綻ばせる。
「大和先輩がこんな時間までいるなんて珍しいですね」
沈みゆく夕陽よりもなお赤い瞳が煌々と輝いていた。日差しの向きで薄く影の差したその顔はどこか冷たく、大和に言い知れぬ恐怖を与えてくる。
「委員会ですか?」
一歩近付き目の中を覗き込む様はさながら獲物を飲み込む前の蛇だ。
「そうだけど」
掠れた声に赤司は薄く笑い、また一歩近付く。
「先輩にずっと聞きたかったことがあるんです」
「……なに?」
「どうして貴方は僕のものにならないのですか」
これだけ僕の気持ちを伝えているのに、と美しい微笑みを浮かべた顔はどこか崩れていて、気味の悪い色を放っていた。
何も言えないでいる大和に赤司はまた一歩近付いて、ゆらりと揺れる。何かが夕陽を反射した。
「ずっと考えていたんです、どうしたら大和先輩は僕のものになるのだろうって」
それは鋭く尖った銀色の鋏であった。
「それで解ったんです」
逆手に握られたその切っ先に顔が強張る。
壊れた笑みに満足げな色を浮かべながら、赤司はその刃先を己の喉へと向ける。
「ねえ、僕を殺すのは貴方ですよ、大和先輩」
rewrite:2021.10.17 | 辻村深月さんの鍵のない夢を見るの台詞より