誰かのてのひらで物語は変容する


▼ 一十木音也

人の幸せそうな笑顔が好きだ。大切な人と笑い合っている姿や、ありがとうと言って嬉しそうに笑う顔、小さい子の楽しそうな笑顔もそう。優しくて柔らかくて、甘い味がしそうなその笑顔は見ているだけでこっちまで幸せになれる。
だから俺は人を笑顔にさせるのが好きだった。特に、俺がすごく大切に想っている人は俺が笑わせてあげたいし、俺の隣で笑っていてほしい。他の誰でもない俺の隣で、幸せそうに、優しく甘く。
そしてあの子を笑顔にさせてあげられるのは俺なのだと、俺しかいないと、心のどこかでそう確信していたのだ。
彼はトキヤのパートナーでトキヤのことを慕ってはいたけれど、いつもトキヤに酷いことを言われて傷ついていた。それでも無理矢理心の傷を覆い隠して笑って、けれど時々耐え切れなくなったようにはらはら涙を落とすのだ。
可哀想なくらい肩を震わせて唇を噛み締め声を殺して泣く彼の姿を見たとき、俺は俺が彼を笑わせてあげなくちゃというよく分からない使命感に襲われたのだ。誰にも見つからないような場所で、ひっそりと静かに泣く彼がどうしても放っておけなかった。そうして声をかけて半ば無理矢理話を聞いてつられるように俺まで泣いてしまって、俺は彼と仲良くなったのである。
それから俺が彼に恋をするのにそう時間はかからなかった。最初は彼の作る曲に心を奪われたけれど、次第に曲を奏でる彼自身に惹かれるようになっていったのだ。

「お、おとっ、音也、くんっ」

昼休みの終盤になっても食堂に現れなかった水緒を探しに訪れた裏庭で、ひとりベンチに座ってほろほろと涙を落とす背中を見つけた。
またトキヤと衝突して一方的に責め立てられたのだろうか。隣に腰掛けてしゃくりあげる俺より随分華奢な背中を撫で、成る丈優しい声でどうしたのと問いかける。

「っま、また、しっぱい、して、」
「怒られちゃった?」
「も、いいです、って」

柔らかい髪を梳いて、ぎゅっと抱き寄せ腕の中に閉じ込めた。
少しずつ湿っていく服など構わず彼を胸に抱き込みながら、慰めと励ましの言葉をかけていく。彼を笑顔にするのは俺だけなのだ。
だから俺が、彼の涙を拭いて笑わせてあげなくちゃ。

rewrite:2022.03.10 | 続きます