背骨がぐにゃぐにゃで笑った顔もかわいくない


▼ 一十木音也
※前話のつづき


最近水緒は泣かなくなった。何があったのか知らないけれど、水緒はトキヤと衝突しなくなってなかなかうなり、かわりによく笑うようになったのだ。
彼が笑っているところを見るのは好きだけれど、その隣が俺じゃなくてトキヤだということがどうしようもなく嫌だった。彼を笑顔にしているのは俺ではなくトキヤで、今まで散々彼を傷つけて泣かせてきたトキヤが彼を笑顔にしているということがどうしようもなく腹立たしいのだ。
彼を笑顔にするのは俺だったのに。

「音也くん」

にこにこ笑顔の水緒が目を輝かせながら俺のところに走ってくる。何か良いことでもあったのかすごく楽しそうだ。

「楽しそうだね、いいことでもあった?」
「うん、あのね、トキヤくんが」

またトキヤだ。トキヤトキヤトキヤ。最近の水緒は、よく笑うようになった水緒は、トキヤの隣で笑う水緒は、必ず二言目にはトキヤの名前を出す。
俺とは違う温度で紡がれるその名前が憎らしくて仕方がない。嬉しそうに笑う彼は俺のこんな気持ちに気付くわけもなく、楽しそうにトキヤの話をしている。トキヤの話をしているときの彼は幸せそうで、ムカつくくらいキラキラしている。
どうしてトキヤなの、何で俺じゃないの、俺のほうがずっとずっと君と一緒にいたし、君を笑顔にできるのは俺でしょ?
心の奥の方で俺の一部がひどく苛立たしげにそう言い続けていた。彼の優しくて甘い笑顔が歪んで見え、吐き気がしてくる。

「あっ、トキヤくんだ」

ぱっと頬を色付かせた見たことのない表情を浮かべる彼に頭がくらくらした。
なんで、どうして、そんな顔俺には見せてくれなかったのに!
握り締めた手のひらに爪が刺さる。
君は俺よりも、散々君を傷つけてきたトキヤがいいの?君から笑顔を奪ってきた、トキヤが?

「嫌だ」
「え?」

彼を笑顔にするのは俺だった。水緒を傷つける人間から守るのが俺の役目で、水緒を幸せにするのが俺の使命だ。だから、俺は、

「許さないよ」

ああ、吐き気がする。

rewrite:2022.03.10 | 「誰かのてのひらで物語は変容する」の続き