眼差しの満ち欠け


▼ 宮田司郎

この家はいつだって薄暗い。
家中のあちこちにある暗がりは何かが息を潜めているようで気味が悪いし、歪んだ窓枠の隙間から入り込んだ風がカーテンを揺らすたびにドキリとする。歩くたびに断末魔の叫びだとばかりにギイギイなる階段はうんざりするし、ストーブをつけようが何をしようがじっとりとした寒さの漂う部屋は居心地が良いなんてとてもじゃないが言えない。
どこもかしこも古くてガタがきている不便で不気味なこの家にそれでも住み続けているのは、ここが俺の住むべき場所であるからに他ならない。例え住む場所が他にあったとしても裏庭に埋まる両親を置いてどこかに行ってしまうのは気が引ける。
夏でも手放せないカーディガンを羽織りながら軋む階段を下りていると、ふっと廊下を誰かが通っていったのが見えた。
この家にはあまりに不釣合いな白く煌びやかなドレス、それは母のウェディングドレスだ。そのドレスはあの日すっかり駄目にしてしまったのだが、もうそんなことは別に関係無いようだ。
ちりちりと何かが焦げる臭いが漂い、微かな軋みが聞こえてくる。あちこちを歩き回るその足音は忙しなく、どうやら父が何かを探しているようだった。
何か体の温まるものを飲もう、と台所へ向かいかけた足を引き留めたのは耳障りなチャイム音だった。こんな家に来る物好きにも程がある人間なんて、この村には一人しかいない。

「こんばんは、センセ」

仕事帰りらしいその姿は少々疲れてみえる。
それもそうだろう、それだけ背負っていたら疲れるというものだ、またずるずると引き連れて。

「相変わらず寒いし暗いな、この家は」

一向に暖まる気配のない居間で先生は顔を顰めながら淹れたてのコーヒーを啜った。

「まあな」
「いい加減家に来い、ここよりずっと暖かいぞ」
「何度も言ってんだろ、駄目なんだよ」

ぎしりと二階の床が軋んだ。

「……誰か来てるのか?」
「ふん、この家には俺しかいないって分かってるくせに何言ってんだ」

その言葉に怒ったように椅子の足がガタガタと音を立てていた。
ああ喧しい。

rewrite:2022.03.14 | 文字書きの為の言葉パレット(@x_ioroi)「いない・ドレス・椅子の足」