薄氷を花と偽る
▼ 宮田司郎
「俺はお前のそういうとこ、好きだよ」
そう言うとき、彼はいつも俺から目を逸らし独り言のようにそっと小さく囁く。いつも強く鋭い眼差しで人を圧倒するのに、その時だけ決まって目を伏せるのだ。
そして少しだけ困ったように、どこか怒ったように、微かに泣いてしまいそうな湿っぽさを漂わせながら潜めた声で言う。
俺は彼のその声が好きだった。いつだって凛とした力のある声で全てを掌握する彼が、簡単に踏みつぶされてしまいそうな弱弱しい声を出すのが堪らなく好きで、いつだって逃さないとばかりに相手から目を逸らさない彼が怯えたように視線を逸らすのが堪らなく愛おしいと思う。
彼のその姿は俺だけが見れるのだ。俺だけの、謂わば特権なのだ。
「俺も貴方のそういうところが好きですよ」
彼に出会えて、俺とそっくりの、けれど俺とは正反対のあの人ではなく俺を選んでくれて本当に良かったと心から思う。
あの煌めく異国の瞳が俺の世界を鮮やかに彩り、全てを変えてしまったあの日、きっと彼の世界も変わったはずだ。そう確信出来る。
手元へ視線を落としたまま動かない彼に、俺が彼の手を取り自由を得た日のことを思い出した。
『俺はお前を幸せにすることなんて出来ないし、俺の傍にいたらどんどん不幸になっていくと思う……でも、それでも俺はお前の隣にいたい』
少しだけ悲しげに翳んだ笑みは初めて見るものだった。自分を中心に世界は廻っているのだと謂わんばかりに爛々と輝いていた瞳は、不安げに揺れて押し殺すように色を失くしていた。
その時の恍惚感たるや!
誰からも好かれていた彼がたった一人の人間、しかもこの村では無価値に等しい人間に焦がれているだなんて誰が想像出来よう。好きだと口にするたび苦しそうに声を戦慄かせその先のことを考えて身を震わせる、彼のその今にも崩れてしまいそうな姿はいつだって俺の心を掻き乱すのだ。
きつく握り締められた拳をそっと解いて震える体に腕を回せば、
「ごめん、司郎」
と湿っぽい声で囁きながら彼の腕が背に回される。
縋るようなその手に、堪らず笑みが零れた。
rewrite:2022.03.14 | 文字書きの為の言葉パレット(@x_ioroi)「彩り・自由・不幸」