遣る瀬なくまたたく透明


▼ 宮田司郎

彼の王国は滅んでしまったのだ。
あの絢爛と輝き何者をも圧倒し魅了していたあの王国は砂の城のように呆気なく、そして幻のごとく消え去ってしまったのだ。まるで最初から存在しなかったように、跡形もなく……いや、違う。滅ぼしたのは、彼の王国を蹂躙し破壊したのは他でもない、俺自身だ。

「こうなることは初めから分かっていたことだよ」

だからそんな顔をしないで、と変わらず美しい笑みを湛えて俺に触れる指は溢れんばかりの慈しみに満ちている。
けれど俺は知っているのだ。その奥底で、俺への憎しみに緩やかに殺されていく彼を。

倉瀬、」

どうか俺を殺してくれ、お前が死んでしまう前に、お前が消えていなくなってしまう前に、お前がお前ではなくなってしまう前に、一思いにその穢れのない美しい手で何もかも奪ってしまってくれ。
しかし言葉は小さな喘ぎとなって掠れて消えていく。彼の目がそうさせたのだ。

「もう名前では呼んでくれないのかい、司郎」

愛おしそうな眼差しの奥に途方もない厭悪が渦巻いている。相反する二つの感情に、彼の手が惑うように微かに震えていた。

「もう、きっともう、俺は君に会うことものないのだろうね」

彼の口から漏れた笑い声は空々しく、彼の中がどんどん崩れていっているのがよく分かった。もう終わりは近いのだ。
不意に彼が靴に手をかけた。無言のまま彼は靴下も脱ぎ捨て裸足になると、一度だけ悲しげに息を吐き、俺を見てまた微笑んだ。

「嗚呼、司郎!俺が今何を考えているか君に分かるか?はは、分からないだろうね!君には到底、解りっこない。君は、何も知らないんだ」

最後は呟くような声でそう言い、彼は真っ直ぐ海へと歩いて行った。

「あの話を覚えてる?みっつめのトビラを開けてはならないという話」

ばしゃりと彼の白い足が水を跳ね上げた。

「俺は開けてしまったんだろうね、その、みっつめのトビラを」

膝まで海水に浸かった彼の顔を夕日が紅く照らしている。

「ああ、お前も連れて行ってしまいたい」

深潭へ沈んでいく彼のその目は、一生忘れられないだろう。

rewrite:2022.03.14 | 文字書きの為の言葉パレット(@x_ioroi)「みっつめ・裸足・砂の城」