目を閉じたまま家に帰れない
▼ 宮田司郎
あの恐ろしい騒乱の三日間が、今では遠い昔の夢のことのように思える。
それほどあの場所でのことは非現実的で、とてもじゃないけれど現実で起こったとは思いたくない地獄のようなものだったのだ。今でも時折、あの場所でのことを夢に見るけれどもうあまり恐ろしいとは感じなくなった。
それは多分、俺の中のどこかがあのことを現実ではないと思っているからなのだろう。『遠い昔の夢のこと』になっているのだ、きっと。
「司郎、そろそろ行こう」
テレビを眺める司郎の肩を叩きながら、ルームキーを手に取る。
この二泊三日のささやかな旅行は司郎の希望によるものだった。
「忘れ物はない?」
「ない」
彼と何処かに出掛けるのはもしかするとこれが初めてかもしれない。村に居た頃は、外に出掛けるのは仕事以外には無かったように思う。
なんとなく、村から出ることはあまり良くないことのよう思えたのだ。
「司郎、何か飲み物いる?」
こじんまりとした駅内には俺たち以外に人はいなかった。頷いた彼に缶コーヒーを手渡し、ベンチに並んで座る。
今まで彼とこんなにゆっくり過ごせたことはあっただろうか。あの村にいた頃は、夜にほんの僅かな時間を共に過ごせるくらいの余裕しかなかった。
「司郎、また来ようよ。今度はゆっくりいろんなところを周りたいな」
空になった缶をゴミ箱へ放り投げながらそう言うと、彼は小さな笑みを浮かべてそうだな、と頷いた。彼は前よりも少しだけ笑うようになって、それが俺はとても嬉しい。
「もし、」
『まもなく電車が参ります、黄色の線より―――』
ホーム内に響き渡った放送で彼の言葉が遮られる。
そして不意に訪れた静寂は、幾許かの気味の悪さを孕んでいた。続きを促しても彼は黙り込んだまま線路へ視線を落としている。
その横顔にあの日の影を見た気がして、内側がざわめき出した。
「司郎」
電車が入ってくる。
彼は空ろな目で線路を見つめ、そしてぐらりと傾いた。いつの間にか握られた手に引かれ、自分の体も傾いていく。
酷く他人事のような現実味のない死を前に、嗚呼、と息がもれた。
rewrite:2022.03.11 | 文字書きの為の言葉パレット(@x_ioroi)「黄色・他人事・騒乱」