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▼ 宮田司郎

雨が嫌いだった。纏わりつくような空気も濡れる足先も不愉快で、何より雨音がどんな音もかき消してしまって、ここにいるのは自分一人なのだという思いを強くするから。
そして雨音は、嫌な思い出をたくさん連れてくる。こちらの事情などお構いなしにあれやこれやと投げ付けていくのだ。
だからずっと雨は嫌いだった。

「(……雨だ)」

ようやく仕事が終わり帰ろうと思った矢先、ぽつりぽつりと雨が降り始めた。
今日は朝からずっとどんよりとした雲が立ち込めていたし、天気予報でも雨と言っていたから降るとは思っていた。けれど、は持って来なかった。
次第に大きく多くなる雨粒を窓枠に肘を付きながらでぼんやりと眺め、何分ぐらいで来るだろうと考える。雨に気付いて一本だけ傘を持ってすぐに家を出て、きっとが汚れることも構わずに近道をして走ってくるのだろう。
自分以外誰もいない室内は雨の音ばかりで少し息苦しい。窓枠に乗せた腕に額をくっつけて、そろそろと這い出して来る思い出達から意識を背ける。
じっと動かずに、何も考えないように意識を沈ませていくのだ。
と、不意に廊下から軽快な足音が聞こえ、ノックもなく扉が開かれた。

「司郎、迎えに来たぞ」

少しだけ息を切らせた大和が笑う。

「仕事はもう終わってんだろ?」
「ああ」
「じゃあ帰ろうぜ」

閑散とした廊下は雨音に満ちている。けれど彼がいるから息苦しさは感じない。

「しろー、早く」

ばさりと傘が広がり、表面についていた雨粒がきらきらと散っていった。
雨の日にこうして彼が迎えに来るようになったのはいつからだったろうか。気付いた頃にはもうこうして彼が迎えに来て、一つの傘で帰ることが習慣のようになっていた。

「今日はちょっと寄り道しようぜ、久しぶりだしな」

傘の中で聞く声はいつもよりずっと近く聞こえる。触れ合った布越しの温度や楽しげなその声に、ぐらぐらと底で揺れていたものは次第に姿を消していった。

「あまり遠くには行かないぞ」

雨は嫌いだった。
けれど、今はそれ程嫌いではない。

rewrite:2022.03.11 | 文字書きの為の言葉パレット(@x_ioroi)「靴・傘・寄り道」