良い子も悪い子もいなくなる


▼ 松野カラ松

「カラ松みーっけ」

にっこり嬉しそうに笑いながら雑誌を読んでいた俺の隣にやってきた大和は、一見機嫌が良さそうに見えた。

「え、もしかして探してたのか?」
「うん。電話した」

全然気付かなかった。慌ててポケットに入れていた携帯を見ると、確かに不在着信が一件にメッセージが二件。
ああ、やってしまった。さっと血の気が引いた俺の顔を大和は無表情で見下ろしている。

「ご、ごめん……」
「前言わなかったっけ」

首を傾げ小さな子に言い聞かせるようなひどく優しい声で大和は言う。

「俺からの電話は2コール以内に出てねって」

冷えきった瞳が恐ろしくてならない。俯いた俺の前髪が引っ張られ、強制的に目を合わせられる。不機嫌を隠さないぎらりと光った目が細められ、ああ殴られると身を固くしたが予想した痛みはやってこない。
大和を見上げれば「萎えた」と至極どうでもよさそうな声音で突き放されてしまった。
関心の失せた目で俺を一瞥し、ふうっと詰まらなさそうに息を吐いて背を向ける。去っていく背中が終わりだと告げているようで、このまま行かせてしまえば二度と俺のもとへは帰ってこない気がして、

大和っ」

思わず縋るようジャケットの裾を捕まえた。
待ってくれ、

大和、その、」
「……カラ松さぁ」

言葉を遮りジャケットを掴む俺の手に触れて、大和が振り返る。
感情の読めない無機質じみた目。

「な、なんだっ?」
「俺のこと好き?」

確信している声だった。
俺の答えなんて解り切っているくせに大和は時々こうして言葉を求める。

「好きだっ」

間も置かずに望まれている通りの言葉を返せば、大和は満足げに目を細めうっとりする程艶美な微笑みを浮かべた。
それから、

「俺もだぁいすき」

振り下ろす。
骨と歯に挟まれた肉がぶちりと切れ口の中に鉄の嫌な味が広がる。よろけた俺のこめかみを足先が抉った。為す術もなく無様に倒れ伏した体を苛む痛みに心のどこかで安心している。
大和はまだ、俺を捨てない、これで良いんだ、とただ言い聞かせた。

rewrite:2022.02.28