きみが熱帯の中心


▼ 松野一松

お互いあまり気持ちを言葉にする性質じゃない。好きって言うよりも手を繋いだり、大好きって言うよりも抱きしめたり、愛してるって言うよりもキスをしたり。
そうやって言葉のかわりにありったけの想いをこめて愛を表現する。俺はそれで満足していたし、たとえ言葉が無くてもの想いは伝わってきていたから。
でもはたまに少し寂しそうな顔をしていて、そんな顔をした後は決まって泣きそうな、今にも掻き消えてしまいそうな小さな声ですき、と囁く。その後に言葉は続かない。
漂う沈黙はひどく物悲しげで、でも俺はいつもその好きに何も返すことは出来なかった。俺も好きだって言えばいいのに、言葉が、声が出てこないのだ。
好きのたった二文字、それだけなのに上手く紡げなくてどんな音だったっけって考えてしまって。そうして毎度俺は言葉の変わりに彼を強く強く抱きしめるのだ。

「一松」

きゅうっと俺の手に握る力を強め、

「すき」

は言った。
微かに震える伏せられた睫毛と滲んだ声が、どうしようもなく哀しい。好きと言われて嬉しいはずなのにその声のせいか、どうしようもなく泣きそうになった。
少し低い位置にある彼の頭がことりと胸に寄せられ、もう一度、小さな声が「すき」と吐き出す。

「……、」

俺も好きだ、と声にならない。開いた口からは何も出てこなくて、の手から力が抜けていく。
静かで湿った沈黙にああ泣いてるんだ、と見てもいないのにわかってしまった。

「(約束、したのに)」

自分の好意を受け入れてもらえるという奇跡が起こったときに、俺は彼を幸せにすると約束した。
なのに俺は今、を泣かせてしまっている。俺が泣かせているのだ。なんて情けない、好きな人を笑顔にするどころか泣かせてしまうなんて、恋人として最低だ。
すっかり力の抜けきったの手をしっかりと握り、もう片手で小さく震える彼の体をぎゅうっと抱き締めた。そんな思いをさせたいわけじゃない、だから、目を閉じて息を吸って言え、言うんだ。

「……す、すき、です」

どうかあの柔くて甘い、笑顔を見せてほしい。

rewrite:2022.02.24