余所行きの旅


▼ 松野一松

それらしい理由をつけて学校を抜け出し、街へと走る電車に乗るため、駅に向かうバスに乗り込んだ。
窓の外を流れていく風景を見る大和の手を強く握るとぴくりと反応し、緩やかに笑う。心底幸福そうな、幼子の如きその反応はかつての彼からは考えられもしなかった。
それがなんだか悲しくて寂しくて、胸の奥がじりじりと淡く痛む。

「一松、見て、もう着く」

閑散としていた景色の中にぽつりと寂れた駅舎が見え始める。バスはゆっくりと駅へ近づき、停まった。

「降りよう、大和

きょろきょろとあたりを物珍しげに見る大和の手を引き立ち上がり、バスを降りる。

「どこに行くんだ?」
「俺の家だよ」
「一松の?」
「そ、今からなら皆いるだろうし」
「ふうん……」

大和は俺の家族が大好きだった。それこそ自分の家族のように思っていたのだ。
でももう、そんなこと彼には分からない。今の彼は俺のこと以外は何も分からないのだ。
あの狭くて不自由な箱庭で彼は壊されてしまった。強くて、けれど人一倍脆かった彼はそこに渦巻いく悪意に殺されたのだ。

大和、危ないからもう少し下がってて」

白線を越えた場所に立ち線路を見下ろす大和が怖くてその手を引いたけれど、彼は来ない。それどころか彼はふらりと線路の上へ下りてしまった。

大和っ」

思わず叫ぼうとした言葉は、こっちを向いたその目に消えた。

「なあ一松」

不安定に瞳を揺らめかせ、どこかぼんやりとした顔をする彼にあの日を思い出してしまう。
遠くで警報機の音が聞こえる。学校の近くの遮断機が下りたのだ。

大和、早く上がれ!」

ほら、と手を差し伸べても大和は来ない。

「なあ、」

俺の好きだった甘やかな笑顔を浮かべ静かに口を開くのは、かつての彼だ。時間が戻ったようなその光景につられるように笑みを浮かべかけ、緩やかな弧を描くその目が笑っていないことに気付いた。

「お前も、」

大和は怒っていた。俺が来ないことに怒っているのだ。

「一松も俺を、殺すんだろう」

俺がどれだけ言葉を尽くしても、結局そこには行かないし行こうとしないことを知っているのだ。
それに彼は酷く怒っている。

「お前も嘘ばっかりだ」

電車が来る。

rewrite:2022.02.23 | 文字書きの為の言葉パレット(@x_ioroi)「理由・不自由・幸福」