悲しくならない


▼ 市原豊

三回戦目の相手である西浦高校との試合で崎玉はコールド負けした。らしい。試合から帰って来た豊が、俺の家までやってきてそう言った。
まあ、だからなんだっていう話だ。俺は別段野球に興味があるわけではないし、うちの高校が勝とうが負けようがどうでもいい。
それが豊にとっては大切なことでも。

「ふうん」

全く興味を示していない相槌に豊は少し困ったようにもごもごと口を動かした後俯いた。お前は頑張ったよとか言ってほしかったのだろうか。
だが残念ながら俺は試合を見ていないから豊がどう頑張ったのか、そもそも頑張ったのかどうかすら知らないし、そもそも慰めるとかそういうことは得意じゃない。
豊は少し居心地悪そうにもぞもぞしながら、時折俺を見やる。面倒くさいし、なんだか無駄なことに時間を取られているような気がして無性に苛々してきてしまう。

「あー、イラついてきた」

俺はまあストレスは溜めたくないタイプだし、他人を殴り飛ばすことに何の躊躇いもないので取り合えず苛立ちの原因を強く殴りつけることにした。
ごつ、という硬い感触に口の中が切れただろうことが分かる。豊は勢いのままに床に頭をぶつけ、なかなか痛そうな音を響かせた。何が起こったのかと目を白黒させ俺を見上げる豊の上に馬乗りになり、見下ろすとぐっと豊の眉間に皺がよる。

「何すんだよ!」

ようやく理解した豊が俺を睨み上げる。生意気な目つきが気に障ってもう一度殴ってやろうかと拳を握ったところで、豊の湿布が張られた肘が目に入った。
これはあれだ、名前は憶えていないけれど豊の決め球の副作用的なものだ。何度か試合終わりにこうなっているのは見たことがある。

「いっ、!?」

二の腕辺りを掴み、押し倒すようにその肘をフローリングに強く押し付けるとびくんと豊の体が跳ねた。
必死に痛みを耐えているぎゅうっと閉じられた目、震える睫毛と漏れるが息がなんともいじらしくて可愛らしく思える。
ぐり、と押し付けたまま動かせば涙が滲んだ。

「あは、豊ちゃんかわいい」

いっつもこういう顔してたらいいのに。

rewrite:2022.02.24