月の秘密をおしえてよ
薫は僕の隣にいるようになってから、今までしてきたお遊びと言うにはあまりにもひどい様々な行いをしないようになった。
もう思わせ振りな態度で女の子を惑わせることも、いらないと思った人間を手酷く切り捨てることもない。表面上はいつも通りに誰にでも優しいけれど、その優しさにはほんのり冷たさが混じるようになって、少し遠いくらいの距離を人と保つようになった。
それが良いことなのかどうかはわからないけれど、多分、良いことなのだと思う。
少し肌寒い土曜日の深夜、彼はいつもベランダで甘いミルクティーを飲む。彼の纏うものと似た淡い色を嚥下しながら静かな街を彼は黙って見下ろすのだ。
「風邪、引きますよ」
寝巻きの格好のままの彼にカーディガンをかける。静かな横顔がふわりと優しい色を持ち、淡い笑顔が僕へと向けられた。
「ありがとう」
月明かりできらきらと輝く瞳に、じんわりと体温があがっていく。
薫の隣にいるといつもよりも体が熱くなって、頭がふわふわするのだ。その感覚は少し怖いけれど決して不快ではない。
「いつから居たんですか」
マグカップは半分ほど中身が無くなっている。
「わかんない」
細く息を吐きながら目を伏せる彼の頬に伸ばした指が、微かに震えていた。
彼に触れるときはいつも緊張してしまう。拒否されるんじゃないかと、有り得ないと解っていても心の奥底で思ってしまうのだ。
指先で撫でた頬はひんやりと冷たい。
「外に出る時は何か着て下さい」
「うん」
僕といるとき、薫の口数はとても少なくなる。僕と彼との空間の殆どは静かな沈黙で構築されていたけれど、その代わり彼はとても優しい、幸せそうな空気を作り出す。
ふわふわとした甘いそれを言葉の代わりにして僕へ全てを伝えようとするから、僕は必死にそれを拾い上げていかなければならない。それを面倒だと思ったことはなかった。
「テツヤくん」
彼が僕の名前を柔らかく呼んで、ぴたりと瞼をくっつける。
それは僕と彼の間の、ひとつの合図だ。
rewrite:2022.03.10 | BGM:バーモント・キッス / やくしまるえつこ