言の葉の色彩学
偶然見た貸出カードがはじまりだった。
彼の貸出カードに記された本たちの中にいくつか自分も読んだことがあるものがあり、更にその中に気に入っているものも入っていたのでなんとなく親近感というか、勝手に好感のようなものを抱いたのだ。
僕が担当のときに彼がやってくることはなかったけれど、変わらず彼は図書室に通っているようで着々と貸出カードは埋まっていった。
彼の貸出カードに記された本の題名を見る度に、彼が好む傾向がなんとなく分かってくる。彼が読むのは大抵ふわりとしたファンタジーや美しい言葉で綴られた恋愛小説だった。ふわふわした綿菓子のようなものが好きなのだろう。その綿菓子たちの間に時々グロテスクなものや悲惨なものも入っていたりするのは、甘ったるいものばかり食べていると時々しょっぱいものが食べたくなるのと同じようなものだろうと勝手に結論付けた。
そうやって少しずつ彼の好きな作者や傾向を知っていくうちに彼自身にも興味がわいてきて、いつか本の話を出来たらと思うようになっていた。周りにあまり読書好きな人がいなかったからか、似た傾向を持つ彼と関わってみたい気持ちは少しずつ大きくなっていく。
彼に僕のおすすめを読んでほしいと思うし、彼のおすすめも知りたい。学年も組も名前もわかっているのだから訪ねることも出来るのだけれど、どうにもその最初が踏み出せない。
そうやって悶々としながら今日も一番手前にある彼の貸出カードを見つめる。最後の日付は三日前。あともう一日前だったら、僕が当番だったのに、と息を吐いて読みかけの本を開いた。
偶々本棚整理の時に見つけた、以前彼が借りていったそれは綺麗な文体で綴られた恋の話で、慣れていないせいか少しだけそわそわしてしまう。
数ページを捲ったところでドアの開く音がして顔をあげると、戸口にふわふわとした雰囲気の小柄な人がいた。その腕に抱えられた本のタイトルに見覚えがある。ざわざわと腹の内側が騒がしくなって、思わず、
「東雲君……?」
すっかり覚えてしまった名前が滑り出た。
rewrite:2022.03.10 | BGM:気になるあの娘 / やくしまるえつこ