月よりも星よりも近いところで
僕が先生を好きになった一番の理由は多分、僕を見失わないからなんじゃないかと思う。
でもそれだけじゃない。笑った顔がすごく幼くてかわいいところとか好きな本を読んでいるときの楽しげな横顔とか、優しい話し方だとか、温かい考え方だとか、好きになった理由はたくさんあるし、きっとこれからも増え続けるのだろう。
そうやって好きな部分を見つける度、僕は改めて先生に恋をするのだ。
「先生」
三角定規とコンパスを腕に引っ掛け、教科書を抱えて歩くその背中にそっと声をかける。後ろからいきなり声をかけてもこの人は驚かないのだ。
「ああ、黒子くん」
ふわりと春の陽だまりのような笑顔が浮かぶ。
「あれ、今日は少し顔色が悪いけど……」
すっと笑顔が引っ込んで心配そうに眉がよる。覗き込むように首を傾げた姿に、きゅんと小さく胸が鳴った。こういう些細なことにも気付いてくれるところも好き。
「少し、寝不足なだけです」
「また本でも読んでた?」
あなたのことを考えていました、なんて言えるわけもなく曖昧に頷く。
前まで僕が寝不足になる原因は本だけだったけれど、今は先生だけだ。本を読んでいるときも、ご飯を食べているときも、いつも先生のことが顔を出す。
そうやって先生を思い出す度に僕は息が苦しくなって、本も読めなくなるし、ご飯も喉を通らなくなるのだ。どれもこれも先生のせいなのに、それを責めることは出来ないのが少し悔しい。
「夜更かしはほどほどにね」
「はい。あの、先生」
「ん?」
「今日の昼休み、数学教えてくれませんか」
「うん、いいよ。あ、今日やったところ?」
「はい、少しわからなくて……」
黒子くんは熱心だね、と嬉しそうに笑う先生に、そうっと心の中で謝った。
ごめんなさい、違うんです先生、僕が好きでもない数学を聞きに行くのは先生と話したいからなんです。少しでも先生の近くにいたくて、少しでも先生のことを知りたくて、毎度飽きもせずに数学の教科書を持って先生の所へ向かうのです。
「じゃあ昼休み待ってるね」
「はい、ありがとうございます」
ねえ先生、僕はあなたのことを愛しているんですよ。きっとそんなこと、全く知らないのだろうけれど。
rewrite:2022.03.10 | BGM:地獄先生 / やくしまるえつこ