泥か水晶
彼にとっての愛の言葉というのは生きるために必要なものだった。誰かに愛されていなければ彼は死んでしまうのだ。今日も誰かの愛を受け取って彼は息をしているのだろう。
しかし彼はただ一方的に愛され、尽くされ、受け取るだけで自分が誰かを愛することはない。彼は独り善がりな愛の囁きを笑顔で受け取り、知らぬところで平然とそれを踏みにじっているのを僕は知っていた。受け取るだけ受け取り、尽くされはするけれどそれを本心で受け入れることはないということも、また。
彼はひとりでなど生きていけないのに、一人だけで立とうとする。
どうしてわざわざそんな道を選ぶのかと聞いたとき、彼は冷え切った顔で言った。どうせすぐ離れていくのに、どうしてわざわざ受け入れて傷付かなければならないのか、と。
あまりにも冷たい言葉だった。彼はきっと、本当の意味で誰かに愛されてきたことはないのだ。
「好きです」
彼は手元から顔を上げてから、宝石のような瞳を煌めかせ僕を見つめるだけで何も言わない。
「好きです、薫君」
「うん」
「まだ、信じてくれませんか」
「信じるもなにも……今は本気かもしれないけれどこれから先二年三年って経っていけばすぐになくなるでしょ」
そんな薄っぺらいもの、と鼻で笑い頬杖をつく。
「どうしたら信じてくれるんですか?」
「……ねえ、なんでそんなに必死なの」
馬鹿みたいと言いたげな顔に胸が痛んだ。そんなの決まっているじゃないか。
「好きだからです」
「意味わかんない。答えになってないよ」
心底馬鹿にした眼差しが皮膚の上を撫でていく。彼を想う心を否定されるのは、それまで彼を想って過ごしてきた時間もなにもかも無いものとされているようで悲しく苦しい。
「ねえ、黒子くんは僕のために死ねる?」
「はい」
「そう。じゃあここから飛んでって言ったら?そうすれば信じるって言ったら、飛ぶの」
「飛びます」
彼の唇がゆるい弧を描く。
じゃあ、飛んでよ。ふうわりと甘美な笑みが浮かべられた。
rewrite:2022.03.08