何もないからかなしくもない


青峰を捜しにやってきた屋上で、今まさに飛び降りんとでもいうかのように立つその背に目を奪われた。
風に髪を遊ばせ、悠然と佇む姿。死にいく人間は斯くも美しいものなのかとその瞬間、俺はその人に殺されてしまったのだ。

「待って、」

ふと体が揺れる前に、その腕を掴み半ば無理矢理に引き戻す。
振り返ったその目はしかし俺を見ていない。俺を越え、どこかを見ている。何がみえているというのかゆっくりと瞬きをして、空っぽな瞳を日の光に煌めかせる。

「名前、名前を教えてくれないか」

そして俺は彼をつかまえた。
今でもその日のことは夢に見る。ふわりと風と共に消えてしまいそうな背中、透明な眼差し。見ているようで何も見ていないその目が今も俺を捕らえて離さないのだ。

大和

あの日死のうとした彼は今もこうして、俺の隣で息をし続けている。
これからもずっとそうであればいい、とあたたかい体をぎゅうっと確かめるように抱きしめれば、少し苦しそうな声で大和が俺の名前を呼んだ。そっと、囁くような呼び声がくすぐったい。

「どうした、征十郎」

少し冷たい手が俺の髪を梳く。その手つきがあまりにも優しいものだから、どうしてか泣きたくもないのに涙が出そうになってしまう。

大和
「ん?」
「ずっとここにいてくれないか」

俺の隣に、この部屋に。離れたりなどせず、どこにもいかずに。

「ここに、俺のそばに」

俺はあの日死んだのだ。大和に殺されてしまったから、彼がいなくては生きていけない。
けれど大和はただ優しく笑うだけで俺の欲しい言葉は決してくれやしないのだ。その空っぽで透明な瞳を美しく煌めかせる淡く笑むだけ。
大和は俺が彼を想うほどには俺を愛していないのだと言っているようで、その笑みを見るにつけ悲しくなる。

大和、」

嘘でもいいから傍にいると言ってほしい。もう一度強く抱きしめれば、彼は俺の背をゆっくりと撫でながら静かに「ああ」と頷く。
だがそれは、ノーと言っているように聞こえた。

rewrite:2022.03.25 | 続きます