罰みたいな刹那
彼には一体この世界がどのように見えているのだろうと時々考える。
死んでしまったかのような澱んだ目は宙を彷徨い僕を捉えることはなく、掻き毟られまた傷の開いたその腕が彼の心のように思えた。
「だめだよ」
血で染まった爪でまだ傷口を抉ろうとする手を掴む。そこでやっと僕を捉えた彼が小さく笑った。
それは歪で痛々しい笑顔なんて到底呼べないもので、彼の心からの笑顔なんて思い出せないくらい長い間、僕はそんな顔ばかり見ている。
傷口の処置をする自分の慣れた手付きに溜め息が漏れそうになった。慣れてしまうくらい繰り返し続けている、そう思うだけで全身が重く沈み込んでいく心地がしたのだ。
いつまで続ける気だろう、こんな、意味のない、いや、きっと彼にとっては意味のあることなのだろう。けれどそれは僕には到底理解できない。僕に彼は、理解できないのだ。
「お腹へったなあ」
ぼんやりとまた目を彷徨わせ、くっついてしまいそうな速度で瞬きをしながらもう一度、お腹がへったと呟く。
「食べなかったのかい?」
「吐いちゃった」
「そう……何か食べる?」
「うん」
また吐いちゃうかもしれないけど、とまた彼が笑った。零れた笑い声は引き攣り震えていて、嗚咽のような壊れたそれは聞いているだけで苦しく耳を塞いでしまいたくなる。
壊れた笑い声から逃げるように、何か用意するといって部屋を離れた。
のろのろとキッチンで薄い味のスープを用意し、薫を呼びに扉の前まで来て、体が止まる。向こうからは何も聞こえない。
この、扉を押し開く瞬間がいつも怖くて仕方ない。この先で冷たくなっている気がするのだ、虚ろな目で天井を見上げ、息を止めた彼の姿が浮かんで離れない。それが現実になっているのではと思ってしまってノブを回せなくなる。
「薫、出来たよ」
深呼吸して扉を開けて、彼がまだ生きているのを確認する。彼は先ほどと変わらない体勢で、ぼんやりしていた。
「なあに?」
「スープ、食べられるかい」
「うん」
頷いた彼の手を引き立ち上がらせる。
数分前に巻いたばかりの包帯はもう解かれ血に汚れ、また新しい傷が出来ていた。一体いつまで続くのだろう。
rewrite:2022.01.04