夜に通り過ぎていく


また幾つもつけられた傷跡に消毒液をかけ、ガーゼで覆い包帯を巻きつける。最初に比べ随分と上手くなってしまったその処置に、それだけの回数を重ねてきたのかと鬱々とした気分になる。
赤いカッターを握り締めたまま、ぼうっとどこかを見つめてただ涙を落としていたが小さく「いたい」と言った。顎を伝って落ちた雫があちこちに模様をつくる。
いたい、征ちゃん、いたいよ、と泣いて目を閉じる彼が本当に痛がっているのはこんな傷じゃないことはわかっていた。この腕よりもずっとずたずたに切り裂かれ抉られたその柔らかい部分は、もう手遅れなほど傷だらけなのだろう。
きっと治すことも出来ないのだ。
彼の手からもう使い物にならなくなったカッターを取り上げ、抱き寄せた。抵抗もしないけれど抱き返すこともない。

、もうこんなことしたらだめだ」

彼がこうして自分を傷つけてその痛みで内側の痛みを誤魔化しているのは知っているし、そうしないとバランスを取れないのも知っている。
だけど、これ以上痛々しい傷跡をつくってほしくないのだ。

「むりだよ」

痛くて仕方ないもの、そんなの耐えるなんて出来ないと彼が小さな声で言う。彼の冷たい涙ですっかり温度を無くした肩に、彼の温かい息がぶつかる。

「僕がいるから」

何が出来るかなんてわからない。何も出来ないかもしれない。それでも頼ってほしかった。
僕がいるからなんて薄っぺらいことを言ってしまうくらい、彼を救いたいなんて出来そうにもないことを望んでしまうくらい、僕は彼を愛していたのだ。
彼は何も言わなかった。何も言わず、小さく、少しだけ笑った。きっとこれから先も彼が僕に頼ることも助けを求めることもないのだろう。
結局僕は彼の支えになることも出来ず、ただ彼が傷つき血を流すのを見ているしかないのだ。
ああ、鋭い棘がほしい。こうして彼を抱きしめて彼の胸も己の胸も一思いに突き刺してしまえるだけのものがあればいい。
そうすればもう二度と彼が傷付くことなく、共に何もかも終えてしまうことが出来るのに。

rewrite:2021.12.23