あの日破いた続きをしよう
春休み、突然京都までやって来た彼はこれまた唐突に海に行こうと言った。
午後の柔らかな日が差し込む車両内に人はまばらで、間延びした空気に満ちている。
電車に乗ったきり口を開かない彼を見れば静かに外を眺めていた。随分と久しぶりに近くで見る彼の横顔に、さわりと小さく胸が騒ぐ。
彼とは中学生の頃、恐らく恋仲と呼ばれるような関係にあった。まだ今よりもずっと子供でただ傷つけ合うだけのような拙いあれを、恋愛と呼べるかどうかも怪しいものだけれど、僕は確かに彼を好いていた。
その姿を見つめるだけで心が浮き立って目が合う度に焦がれ、触れ合うと途端に酷く貪欲になっていくあの感覚と、独り善がりと言ってしまえるほど身勝手な感情を思い出すと指の端がじわりと焼かれるような痛みを感じる。
春の光に縁取られた彼の淡く輝く輪郭に、かつての記憶が蘇って来た。そして思う。きちんとした言葉も交わさずに離れ離れになった僕らの今の関係は、一体何なのだろうかと。
どうして彼は、僕のところへ来たのだろう。テツヤと同じ学校に通っている彼は、あの冬の試合を観に来ていた。どういうつもりでそこにいたのか僕には想像もつかない。ただテツヤたちを応援に来ただけなのかもしれない、けれど僕はどこかで期待していた。
今もしている。
「見て、海」
そっと柔らかい声が降る。立ち上がり歩く彼の背を追い、降り立つ。
潮の匂いに幼子のように瞳を輝かせ真っ直ぐ海へと駆けていく背はあまりにも眩しく、少し息苦しくなる。声を掛けようとして、一瞬、彼の名前を呼んでもいいのだろうかと躊躇う。
そうして何も言えない僕をふいに彼が振り返り見た。傾き始めた日の薄い橙を背負って、彼が目を細める。
「あっちに洞窟があるんだって。一緒に行こう、征十郎」
変わらない柔らかな笑みと、優しい響き。息が詰まった。ああ、と小さく息を吐く。
「ねえ、薫」
「なに?」
「綺麗だね」
輝く海に彼は笑った。
「そうだね」
彼の隣で見る景色は、きっといつだってこんな風に、美しいのだろう。
rewrite:2021.12.22