加速していく運命によせて
早朝の電車は人が少なくて静かで、どこか遠い、違う場所に連れて行ってくれそうな雰囲気を纏っている。ひんやりとした空気もどことなく柔らかく些細なものが綺麗に見えて、綺麗なものがより美しく見えるこの時間の電車が最近の僕のお気に入りだった。
耳元で鳴る大好きな音楽がほんのりと景色を色付ける。
人がいないというのは本当に良い。静かで、知らない世界にいる気分にさせてくれ、いつもの喧騒を忘れさせてくれる。
シートの端に腰掛け、ぼうっと動き出した風景を少し眺めてから読みかけだった本を読もうと鞄を開けた。手繰り寄せた固い表紙をぱらりと捲れば、今度は違ったときめきが別の世界へと連れて行ってくれる。
『次は――』
音の合間を縫って聞こえてきたアナウンスにああもうここまで来てしまった、と顔をあげた。
いつだって好ましいと思う時間が過ぎるのは早い。この時間ここから見えるものは全てこんなに綺麗なのに、どうしてここから降りると何もかも汚く見えてしまうのだろう。
蘇る喧騒に目を伏せたとき、横から強い視線を感じて瞼を持ち上げた。
「あ……」
ぽとりと意味のない母音がこぼれる。
なんて、なんて綺麗な人なのだろう。淡い光に透けた赤い髪がきらきらと輝き、それを受けて同じ赤い瞳が深い輝きを放っている。彼を包む不思議な雰囲気が神秘的な空気を作り上げていて、ほうっと溜め息がもれた。
ひとつ空けた隣の座席から僕を見つめていたその人がふっと柔らかく微笑んだ。長い睫毛が弓なりになった瞳を優しく煙らせ、強い輝きを淡いものへと変える。
その途端、世界がきらきらと鮮やかに輝きだした。
「何の本を読んでるんだい?」
硝子みたいに硬質で、でも優しい甘さを含んだ声が音の隙間を縫って飛び越えてくる。
そ、とイヤホンを外して本のタイトルを口にすれば、ああと知っているように彼は頷いた。次いでその作者ならあの本が俺は好きだよ、と柔く笑んだまま続ける。
「いつも楽しそうに読んでるから、何を読んでるのかずっと気になってたんだ」
良かったら少しだけ話をしないかい。
rewrite:2021.12.16