偶像のうつくしいとき
自分の命がそう長くないことはここに来てすぐにわかった。この部屋を訪れる者は皆一様に薄暗い色を奥底に湛えてながら、それでもいつものように明るく朗らかに笑い、語り、次の約束をして去って行く。
この部屋を訪れてくれる人たちは優しい人ばかりで、自分は随分と環境にも人にも恵まれたものだとしみじみ思う。
中学時代の先輩が部屋を去って随分してから、軽やかなノックの音が響いてきた。今度は一体誰だろうか。ノックが出来る人間となるとテツヤか真太郎のどちらかくらいだな、と返事をすれば入って来たのは見たこともない人であった。
明らかに日本人には見えない顔立ちで海のような瞳のその人は、目が合うとにっこりと愛嬌のある笑みをみせる。
「ドーモ、はじめまして」
流れるような日本語で挨拶をし足音もなく近寄って来る。
「初めまして、あの、どちら様でしょう」
どうぞ、と椅子に座るよう促しながら言えば、彼はありがとうと微笑んだ。誰の知り合いなのだろうか、僕にこんな知り合いはいないし、父の知り合いにも見えない。
彼は僕の質問には答えずにぐるりと室内を見回し、花や果物をきらきらとした楽し気な目で見やる。
「良い部屋だな、人がたくさん来て賑やかだ」
「ええ、まあ、皆遊びに来てくれます」
良い人たちばかりですよ、という言葉にその人はまた笑う。少し眩しそうに目を細めて大きな窓を見やり、今は何も花をつけていない木を見てこの木は桜の木か、と呟くように尋ねてきた。
「ええ、そうみたいです」
と頷けば彼は、
「花見にはもってこいの場所だな」
と言いながら寂しげに眉を下げた。
「きっとたくさんの人が来るんだろうな……お前は随分多くの人に好かれてる。なかなか素晴らしいことだぜ」
だから、残念だ。囁くように言い立ち上がったその人の手に、いつの間にか一輪の白い花が握られていた。
嗚呼、と息が漏れる。
「今日はお前を迎えに来たんだ」
悲しそうに柔く笑んで、そっと花を僕の目の前に置く。
そうして差し出された手を、僕は掴んだ。
rewrite:2021.12.10