醒めるまでどうか濁らないで


目の前にある白い紙コップをそっと耳に押し当てる。赤い色の糸は彼の色と同じだ。ああ、小指に繋がる運命の糸も赤いといわれているんだっけ、なんて思って少し笑ってしまた。
それから、彼のことを考えながら耳を澄ませる。彼の言葉を取りこぼしてしまわないように、しっかりと全て拾い上げらえるように。

『苦しい』

しばらくして聞こえた小さな声は不安定に揺れていた。

『悲しい』

泣いてしまいそうに滲んで、

『寂しい』

消えてしまいそうに呟く。

『皆が辛そうで苦しい』

瘡蓋を引っ掻くような掠れた、痛々しい声。

『何も出来なくて悲しい』

誰よりも強かったけれど誰よりも弱くて、傷付きやすい彼の苦しさが糸を震わせる。

『皆が離れていくのが寂しい』

ぽつりと零されたその音に目を閉じ、コップを置いた。
小さな信号はともすれば見落としてしまう。揺れる青褪めた心は鮮やかな赤で覆い隠されてしまった。
けれど今、閉じ込められてしまった彼の声は確かに聞こえたのだ。確かに僕は拾った。

「赤司くん」

血は止まったのだろうか。それともまだ流れ続けているのだろうか。

「知っていたんだ、こうなることは。それでも俺は彼らとバスケがしたかった。きっと凄いことが起きるだろうと思っていた。見たこともないものが見えると思ったんだ」
「それは、見えた?」
「ああ。とても綺麗だったよ、とても眩しかった」

眩しすぎる光は、ときに凶器となる。

「信じたくなかった。離れ始めてしまったあの二人を見て、もう終わりが近いんだと思いたくなかった。もしかしたらと思っていたんだ」

もしかしたらどうにか収まって、このまま一緒にバスケを続けられるかもしれないと思ったんだ、と自分を嘲笑うその声は悲しいほど震えていた。

「出来るよ」

今、またあの弱かった光は輝きを取り戻し始めている。あの頃よりもずっと濃さを増した影は眩しすぎる光に触れようとしている。

「絶対、また皆と出来る。だからそれまで、消えないでいて」

どうか負けないでいて。貴方を眠りから覚ます手がやって来るまで、どうかそこにいて。

rewrite:2021.12.10