音一つ失くして


勝利は基礎代謝、なんて言っていたから負けたら死ぬのかと思っていた。けれど案外しぶといようで、彼は未だに食べて寝て息をしている。
でも今の彼は、殆ど死人と変わりはないのかも知れない。
駅前のお気に入りの喫茶店で大好きなキャラメルティーを頼む僕の前で、彼は何処を見ているのか分からない目でぼんやりとしていた。

「ねえ、何にするの?」

ただ規則的な瞬きしかしない瞳を見つめても、何にも言葉は返ってこない。

「すいません、ええと、ダージリンでお願いします」

溜め息を吐いてから彼の分も勝手に注文する。
まるで抜け殻だ。なんとか部屋から引っ張り出してみたけれどまるで駄目だ。

「ねえ」

僕が話しかければ柔らかく目を細めて、優しい声で返事をしてくれていた彼はもういないのかと思うと、なんだかとても悲しくなった。ついでに今朝見た夢まで思い出してしまって、もっともっと悲しくなる。

「今朝、征くんが死ぬ夢をみた」

貴方、僕に殺してくれだなんて言ったんだよ。甘いにおいが鼻先を掠めていく。

「ねえ」

どうしてあんな夢をみたのかなんて考えなくてもわかる。淡々と瞬きだけをして、僕の方を見ようともしない。

「返事くらいしてよ」

僕の目の前で息絶えた貴方を、僕はどんな思いで見ていたと思う?悲しくて、怖くて、息が出来なかった。目が覚めてもそれが夢じゃなかったらと思うと怖くて涙が止まらなかった。
その時初めて僕は僕自身がこんなにも彼を好いていたのだと気付いた。

「ねえ」

あの時はなんてことない風に、負けたら死ぬのかと思っていた。

「聞いてる?」

つんと奥が痛む。唇が震えていた。
負けたから、だからなんだっていうんだ。敗北だなんて誰もが一度は味わうものだろう。たった一回の敗北で、何もかもが消えてしまうわけじゃないだろう。

「ねえ」

僕はただ、もう二度と、あんな夢はみたくないだけなのだ。
そうして、またちゃんと僕を見てほしいだけなのだ。

「ねえ」

虚ろな瞳はただ瞬く。

「いい加減にしてよ」

rewrite:2021.12.04