わたしの王子様っぽいひと
昔から薫には嫌なことがあると寝て忘れるという習慣があった。たくさん寝て、起きるともう何もかも消し去り忘れ去って元気になる。
それは高校生になった今でも同じだ。嫌なことを忘れる為に眠っているときの彼は、自力では決して起きることができないようだった。五感の全てをこの世界から切り離しているかのように眠り、目覚ましの音も母親の声も何も聞こえなくなってしまう。
それでもどうやら俺の声だけは聞こえるようで、いつからか俺が毎朝起こしに来るようになっていた。
それを面倒だと思ったことはない。むしろ彼に俺の声だけは届くという事実が一種の優越感染みたものを俺に抱かせた。
だというのに、いつものように名前を呼びながら揺すっても今日は全く反応がなく、布団を剥いでも叩いても起きない。おかしい。
薫の母親に昨日何かあったのかと聞いてみても何も分からず、昏々と死んだように眠り続ける彼に心が徐々に冷えていく。もし、このまま一生起きなかったら。俺が彼を起こすようになってからずっと存在し続けていた小さな不安がじわじわと広がっていく。
大丈夫、ちゃんと起きる、今までずっとそうだったのだから……でも、本当に?現に今、俺の声さえ聞こえていないというのに?
纏わりつく不安を振り払おうとしても大きくなるばかりで、恐ろしくて、あたたかい薫の手を縋るように握り締めた。握り返されることはない手、動かない閉じた瞼、薄く開かれた唇に、微かに上下する胸。
その姿にふと、昔読んだ御伽噺を思い出した。彼はお姫様でもなんでもない、ましてや男だけれど、死んだように眠るその姿はあの茨の城で眠り続ける姫君のように見えた。
真実の愛の口付けで目覚めた眠り姫。真実の愛だなんてそんなものが本当に存在しているのか分からない。
「起きて、薫」
けれどどうか、と唇をよせる。触れた場所からじんわりと柔く甘い熱が伝わって、そうして何かが流れた。
「薫?」
ぴくりと震えた瞼にはっとする。嘘か誠か偶然か、まさか、本当に彼が眠り姫だとでも?
「ん、……あれ、征十郎……?」
見慣れた寝ぼけ眼が俺を見上げている。その目につい、泣きそうになった。
rewrite:2021.12.04