まぼろしが君になる位置
そこは彼のお気に入りの場所だった。日の光が程好くあたりいつでも優しい暖かさを与えてくれるそこに、いつも大和はいた。
空き時間があるとそこへ来て、何をするでもなくただぼんやりと空を眺めたり、木漏れ日の描く模様を見つめたり。
時には目を閉じ、全身から力を抜いてぐったりとベンチへ体を預けているときもある。まるで死んでしまったかのように。
その姿を見る度俺の心臓は一瞬動きを止めるのだ。今度こそ目を開けないのではないか、と。
彼は危ういバランスで生きていた。
いつ崩れてしまってもおかしくないような不安定な場所に立っているから、恐ろしくなる。夜眠りにつくときも彼のことを思うと不安で寝付けなくなってしまう。朝起きて学校へ行っても、もう彼に会えないかもしれない。そうして会えなくなって後悔してしまうくらいならばいっそ、なんて考えてしまいそうになる時さえあった。
その日も弁当を片手に訪れたベンチにやはり彼はいた。ぼんやりと揺れる花々を見つめている。
やあ、と声をかけて隣へ腰かけても返事は返って来ない。視線すら寄越さない。いつだってそうだ。彼は俺を見ない。俺だけじゃない、彼は誰も見ない、何も見えないのだ。全てすり抜けてしまう。
瞬き以外、微動だにしない彼の横顔をしばらく見つめた後、漸くいつも手ぶらな彼が今日はペットボトルと何かを握り締めていることに気付いた。半分ほど中身のない自販機でよく見るミネラルウォーターと、何だろう。ピルケースのような小さなプラスチックの箱。
それは何だい、と尋ねてみてもやはり返事はない。
ただでさえゆっくりとした眠ってしまいそうな瞬きが、今日は殊更に遅かった。そのまま眠りについてしまいそうだ。
その無感情で無機質な横顔に心臓がじくじくと痛みだした。怖い、大和がこのまま眠ってしまって、そのまま起きないのではないかと思ってしまう。
箸を止め、生気のない顔をじっと見つめる。深淵の瞳は、今は何も映していない。ふうっと彼の口から吐息が漏れる。
それは合図で、最初で最後の俺への言葉でもあった。
rewrite:2021.11.14