言の葉の飽和
俺たちは確かに別れたはずなのだ。
もう無理だと言う俺に、赤司は確かに頷いた。そうか、と少しだけ寂しそうに微笑んで、今までありがとうと終止符を打ったのだ。
だというのに、なんだ、これは。
まだ付き合っていた頃、赤司は毎日俺を迎えに来ていた。赤司と違い部活に入っていない俺は朝練なんてなかったけれど、少しでも一緒にいたくて共に登校していたのだ。
別れを告げてからは当然別々の時間で登校していたはずなのに、今日、突然赤司はやってきた。
あの平然とした、さらりとして掴めない態度で挨拶をして、極々普通に俺の手を引いて歩く。離れてからも会えば挨拶をしたり、少しは話したりもしていたけれど、必要以上に接触することはなかった。
それが突然、まるで昔に戻ったように触れてくる。
「赤司」
頭が追いつかない。足を止め手を引いても赤司は手を離さない。指は絡んだまま動かない。
「どうした?」
優しく柔らかなその声は、隣にいたときと同じものだった。何もかも、数週間前のあの会話さえなかったかのように振る舞う姿が恐ろしい。一体何のつもりなのだろう。
「手、離せよ」
怖い。
手を引いても絡む指は離れず、それどころかより強く握り締めてくる。
「何をそんなに怒っているんだ」
困ったように眉を下げ覗き込むように首を傾げる。何か噛み合わない、何かが決定的に食い違っている。
そうして俺を見つめる赤司の目があの頃と同じ甘ったるいものだと気付き、ぞっとした。
「なあ、俺たち、別れたよな」
唇が震える。
「え?」
何を言っているのか分からないとばかりに傾けられた顔。それから驚いたように瞬き、そういう冗談はあまりすきじゃない、と低い声で赤司は言った。
「冗談……?」
彼の中では無かったことになっているのか。嘘だろうと掠れた声で言えば赤司は不可解そうに眉を寄せた後、疲れているのかと心配そうに言った。
握られた手に汗が滲んで気持ち悪い。
そうしてまたひとつ気付くのだ。
真っ直ぐこちらに向けられていた瞳は、濁り、何も見ていないということに。
rewrite:2021.10.10