苦いよりは甘い方がいい
小さな箱に詰められた美しく鮮やかな丸を白い指が摘み上げる。
彼に選ばれた濃い桃色が口元に運ばれ、一口、ゆっくり食まれていった。美味しい、とその菓子同様甘い笑みを浮かべた彼がうっとりと呟き、細められたその瞳には薄っすらと恍惚が滲んでいる。
幸せそうに頬を緩ませてまた一口。
「征十郎くんも食べる?」
綺麗な円を描く橙を白い指が摘み上げた。緩く弧を描く唇。その向こうに並ぶ白い歯とぬらりとした赤い舌が脳裏に蘇る。
「そうだな、ひとついただくよ」
色通りのオレンジとほんのり香る程度のアーモンドの味が絡みつき、喉の乾くようなその甘さに眉が寄る。
「甘いね」
「そう?」
「ああ、甘い」
でも嫌いじゃないよ、と言うと彼はまた笑い、黄緑色を摘まんで口へ。
唇の隙間からちらりと見えた赤い舌に、ぼうっと見惚れてしまう。
僕は彼に食されるこの菓子が羨ましくて仕方がないのだ。上下する喉をじいっと見つめてから、そっと視線を外し息を吐く。
「征十郎くんにはコーヒーの方が良かったかもね」
食べてみる?と囁かれた声に首を振った。
君のために買ってきたものだ、君が全て食べてしまうといい。そう?と瞬きした彼は濃い紫色を齧った。磨り潰され、嚥下されたそれはいずれ彼の体内で分解され彼の栄養素となるのだろう。
彼を構成する何かになれる、それが、ひどく羨ましかった。僕はどうしたって彼を構成するものにはなれないのに。
「ねえ、薫」
ちらちらと見え隠れする赤い舌と白い歯に、ごくりと唾を飲み込んだ。
「なあに?」
無垢な眼差し。舌とは正反対の、淡い桃色の柔らかそうな唇が薄く開かれ、ちらちらとまた。
あの柔い唇に食まれたい、その歯で噛み砕いて磨り潰して飲み込んでほしい。そうしてゆっくりと消化され彼の体内を巡り、彼の一部として息づくのだ。ああ、なんて甘美なことだろう、そうなれたらどれだけ幸福であろうか。
考えるだけでぞわぞわと肌が粟立ち熱をもっていく。口端は勝手に持ち上がり、どろりとした笑みを象った。
「食べてみないかい、僕のこと」
どうか頭からがぶりといってくれやしないだろうか、そのマカロンのように。
rewrite:2021.09.11 | BGM:マカロン / ATOLS