Cemetery

※主人公:お姫様願望持ちの多面的キュートボーイ(性悪)

孤独を撫でたら

▼ 黄瀬涼太

どこにいたって息苦しくて眩暈がする。それを誤魔化すように笑って、思ってもいないことを口にして、それが自分の首を絞めていることにも気付かないふりをして目を背けてきた。ああでも、馬鹿じゃないのと酷く冷え冷えとした目で言って俺のことを鼻で笑った彼の隣は、唯一無理をしなくてすんで、息が出来ていた場所であった。けれどもうあの頃の彼は、俺の居場所はなくなってしまった。俺と同じ、何もかも偽って固めて生きていると思っていた彼は、黒子テツヤに出会って変わった。否、出会って恋をして変わったのだ。彼は居場所を見つけ少しずつ偽らなくなった。まるで魔法をかけられたように少しずつ少しずつ彼は良い方に変わって、それに酷く裏切られた気分になった。お前まで離れていくのか、と。「ああ、もう」アドレス帳に登録された人たちと遊ぶのにも飽きてしまったけれど、こうして一人でいると余計息が苦しくなる。少し前までは隣にいた温度はもうどこにもない。彼は俺のことをどう思っていたのだろう。馬鹿な男だと思っていただろうか、少なからず好いてはいなかっただろう。あの冷え切った眼差しが蘇る。「……」今はどうだ、あの暗く澱んだ色などどこにもない。柔らかく暖かい色で埋め尽くされた瞳を煌めかせて、真っ直ぐ黒子テツヤを見つめている。羨ましさを感じると共に同時にひどく憎らしいと思う。彼は変わった。今までの過去が嘘のようにきらきらと輝いて美しく生きている。俺とは正反対だ。俺も、誰かそういう人間に出会えば彼のように変われるのだろうか。きっと無理だ、俺は偽ることになれすぎてしまった。どこからが自分で、どこからが自分ではないのか判らなくなってしまうほど塗り固めてしまった。今更こんな自分を切り捨てても、きっと切り捨てた自分はどこまでも追いかけてくる。息が出来ない。、と何度呼んだところで彼はもう振り返らないだろう。だって彼はもう、「あーあ」俺にも誰か魔法をかけてくれ、だなんて、きっと土台無理なことだ。
rewrite:2022.03.10

うわついた指の記憶

▼ 黄瀬涼太

すうっと見透かすように目を細めると彼は小さく呟くように嘘つきと吐き出した。じっとりと恨むように、怨むように、黒々とした瞳で俺を縫い止める。その眼差しに、暑いはずの教室がひんやりと冷たく感じられた。重たげな夕暮れが俯いた彼に緋色の影を落としている。「ひどいよ、ひどい、ひどい、信じてたのに」ゆらゆらと揺れる声は水気を帯び、責め立てるような棘をそこかしこに纏っている。ゆるゆると左右に振られる彼の首に合わせて髪がさらさらと宙を舞い、夕陽を含んだ淡い煌めきを空中に分散させていった。一種幻想的でもあるその光景に目を奪われ、しかし絡みつく様な彼の瞳にすぐ引き戻される。今にも泣き出してしまいそうな黒曜石にじりじりと思考回路が焦げ付いていく。「どうして、どうして僕に、……ひどいよ」それ以外口に出来なくなってしまったとばかりに何度も何度も同じ言葉を繰り返す。いつもは仄かに色付いている頬は蒼褪め、薄く開かれている唇は微かに震えていた。その姿が俺のなけなしの罪悪感を掻きむしる。「違うんスよ、、」言い訳がましい俺の言葉を半ば遮るように彼は白い手を俺へ伸ばした。その手にはいつから持っていたのか、透明な小さなケースが二つばかり乗せられている。「、これ……」何処かで見たことがある、と思ったがなんてことはない。それはどこの教室にもある何の変哲もない画鋲のケースだった。「涼太くん、僕に嘘ついたから」画鋲が詰まった透明な箱を見て、それから俺を見つめる。「約束したでしょ、最初に」なかなか受け取らない俺の手にケースを押し付けるじっとりと澱み冷え切った目。「嘘ついたら針千本飲ます、だよ。約束、したよね?ひとつに五百入ってるから全部でちゃんと千だよ」寒気のするどろどろとした微笑を薄く浮かべ首を傾げる彼にさあっと血の気が引いていく。飲めども地獄、飲まずとも地獄。どちらにしろ、待つのは地獄しかない。今更後悔したところで遅い、という話だ。
rewrite:2022.03.10

しらない世界の夜のくらやみ

▼ 黒子テツヤ

良いことをすると幸せになれる。それは祖母の口癖で、祖母によく懐いていた僕はその言葉を信じていた。良いことをすれば幸せになれるし、死んだら天国に行ける。悪いことをすると地獄に落ちるんだよ、神様が全て見ているからと優しい顔をして僕に話していた祖母は、きっと天国へ行っただろう。「ありがとう、黒子くん」春の日差しのように温かく、花のような柔らかく淡い笑みを纏った彼に、気持ちが舞い上がる。「黒子くんには助けてもらってばっかりだなあ」ごめんね、と申し訳なさそうに眉を下げる彼に首を振る。「僕がやりたくてやってるだけですから、謝らないでください」「優しいね、黒子くんは」また笑みを浮かべた彼の目が僕から逸れて一瞬止まる。はっと息を飲み頬を染めた彼のあまりの可憐さにどきどきと胸が高鳴ったけれど、視界の端に映った人影にその熱は一瞬で引いていった。気怠げに中庭を横切る青い髪の背の高い男。東雲君、と彼を呼ぼうと口を開いたけれど何も言えずに飲み込んだ。「(なんで)」青峰君を見つめるその横顔は淡い恋の色に染まっている。なんで、僕じゃないんですか。寸でで飲み込んだその言葉の代わりに、細く息を吐く。彼が決めたことだ、僕がそんなことを言ったって意味がない。心はそう簡単に変えられるものじゃあないと分かっている。だから全部飲み込んで、耐えるのだ。良いことをすると幸せになれる。その言葉を守ってきた僕は、幸せになれるし天国にも行けるのだ。でもどうだろう、彼は。東雲君の気持ちを横から強引に掴み取り、そのまま好き勝手に生きる彼は。神様は、全て見ているのだ。だから彼は幸せにはなれないだろう。「今日は本当にありがとう、助かったよ」「いえ、また何かあったら言ってください」「黒子くんもね」また明日、と手をあげる彼に応じて片手をあげる。この後きっと、彼は青峰君のところに行くのだろう。そうやって彼の心をいいように使う青峰君は、本当に悪い人だ。「悪いことをすると地獄に落ちるんですよ、青峰君」静かな廊下に滲んだ声は、誰にも聞こえない。
rewrite:2022.03.10 | BGM:神様のいうとおり / やくしまるえつこ