どこにいたって息苦しくて眩暈がする。それを誤魔化すように笑って、思ってもいないことを口にして、それが自分の首を絞めていることにも気付かないふりをして目を背けてきた。ああでも、馬鹿じゃないのと酷く冷え冷えとした目で言って俺のことを鼻で笑った彼の隣は、唯一無理をしなくてすんで、息が出来ていた場所であった。けれどもうあの頃の彼は、俺の居場所はなくなってしまった。俺と同じ、何もかも偽って固めて生きていると思っていた彼は、黒子テツヤに出会って変わった。否、出会って恋をして変わったのだ。彼は居場所を見つけ少しずつ偽らなくなった。まるで魔法をかけられたように少しずつ少しずつ彼は良い方に変わって、それに酷く裏切られた気分になった。お前まで離れていくのか、と。「ああ、もう」アドレス帳に登録された人たちと遊ぶのにも飽きてしまったけれど、こうして一人でいると余計息が苦しくなる。少し前までは隣にいた温度はもうどこにもない。彼は俺のことをどう思っていたのだろう。馬鹿な男だと思っていただろうか、少なからず好いてはいなかっただろう。あの冷え切った眼差しが蘇る。「薫……」今はどうだ、あの暗く澱んだ色などどこにもない。柔らかく暖かい色で埋め尽くされた瞳を煌めかせて、真っ直ぐ黒子テツヤを見つめている。羨ましさを感じると共に同時にひどく憎らしいと思う。彼は変わった。今までの過去が嘘のようにきらきらと輝いて美しく生きている。俺とは正反対だ。俺も、誰かそういう人間に出会えば彼のように変われるのだろうか。きっと無理だ、俺は偽ることになれすぎてしまった。どこからが自分で、どこからが自分ではないのか判らなくなってしまうほど塗り固めてしまった。今更こんな自分を切り捨てても、きっと切り捨てた自分はどこまでも追いかけてくる。息が出来ない。薫、薫、と何度呼んだところで彼はもう振り返らないだろう。だって彼はもう、「あーあ」俺にも誰か魔法をかけてくれ、だなんて、きっと土台無理なことだ。
rewrite:2022.03.10