Cemetery

※主人公:お姫様願望持ちの多面的キュートボーイ(性悪)

月の海でなら裸足になれたね

▼ 黒子テツヤ

甘いお菓子がすき。フリルやリボンがついた可愛いお洋服もすきだし、お人形もすき。だいすきな話は白雪姫やシンデレラだ。「おはよう、君」男である自分がお姫様になんてなれないことはとうの昔にわかっていた。だけれど諦められない。奥底に沈むもしかしたらが忘れられないのだ。僕がお姫様とは程遠い、最早真逆の王子様だあだ名で呼ばれてしまうようになっても、そのもしかしたらは捨てられずにいた。「おはよう、河野さん」思わせぶりに甘く優しく笑んで、僕をなりたくもない王子様に仕立て上げたことへの些細な復讐として、僕は今日も彼女たちに少量の毒が混じった真っ赤な林檎を渡すのだ。たとえ少しだとしてもそれは毒、積もれば致死量へと変わる。「あの、わ、わたし、君のことがすき、なの」震え、赤い顔を俯かせた目の前の人間は紛れもなく少女だった。どんなに望んでも手に入ることのない柔らかな曲線を描く体が、軽やかな声が、甘いにおいが、羨ましくて憎らしくて仕方がない。彼女は僕が望んでやまないお姫様になれる。「ありがとう」些細な復讐として僕は彼女たちにとびっきりの優しさをぶつける。これから毒林檎を食む彼女たちへつかの間の幸せを感じさせるのだ。そんなことを繰り返していくうちにすっかり僕は毒に塗れてしまっていた。取り返しのつかないほどに、黒く赤く。「すきです、君」水に沈む瞳をきらきらと輝かせ、優しく彼は笑った。最初から何もかもを知っているように、毒に塗れていようと構わないと、あなたの望みを叶えさせてくださいと、彼は僕に手を差し伸べる。「僕では、だめですか」ああ神様はなんて残酷なのだ。もう僕はお姫様になんてなれないというのに。そうっと握られた手から伝わる温度は哀しいほど優しく、泣きたくなるほど苦しいものだった。だめなのだ、この手を取ることは僕には出来ない。あなたの手をとるには僕はあまりにも汚れすぎてしまった。「ありがとう、テツヤ君」もう遅いのだ。
rewrite:2022.03.05 | BGM:甘き死の柩 / マチゲリータP

嘘さえ預けてもらえない

▼ 黒子テツヤ

彼がどんな人間なのかなんて長い間見ていればわかる。最低と呼ばれる人種であることも知っていた。一体どれだけの人を傷付けてきたのかなんてわからないほどに誰かの想いを踏み躙り、幾重もの屍骸の上に彼が笑いながら君臨していることも知っている。馬鹿なひと、彼は泣きそうに顔を歪めながら笑う。ばかなひと、ともう一度、ひどく震えた声が鼓膜をゆっくりと撫でた。伏せられた睫毛が彼の青白い頬に淡い影をつくりだし彩っている。彼は美しい人だ。しかし同時に、ひどく汚れてもいた。彼自身それをよく知っていた。自分がどれだけひどく汚れ切っているのか、悲しいほどよく知り尽くしていたのだ。だから今更誰かをすきになることなんて出来ないと言う。今まで散々砕き殺してきた想いが彼の足元できらきらと光っていた。「だめだよ、君みたいな素敵なひとが、こんな人間にそんなことを言っちゃあ」好きの二文字も言うことの出来ない彼はただ透き通った笑みを風に揺らせる。汚れに満ちたその顔に、美しい笑みを乗せていつもの彼になるのだ。つい数秒前に見せたあの泣いてしまいそうな彼はどこにも見当たらない。いつものどこまでも完璧な彼に胸が痛くなった。彼の足元に転がる遺骸が、お前には無理だとけらけらと僕を嘲笑う。でもここで引いてしまったらいつまで経っても彼はひとりのままで、それじゃあ駄目なのだ。そりゃあ彼が今までしてきたことを考えたら当然の報いなのかもしれない。でも、僕が嫌だった。僕は彼に笑ってほしかったのだ。「僕は」ひくりと肩が揺れた。「君がどんな人間でも好きです。馬鹿だと言われても好きなものは好きなんです。僕のことが好きじゃないなら、嫌いなら、そう言ってください。誤魔化さないで」彼の瞳が歪む。「きらいだよ。黒子くんなんて、だいきらいだ」あれだけ存在を主張していた残骸が、光を失い紛れて見えなくなっていく。「じゃあどうして泣いているんですか」悲鳴が聞こえる。どこかの軋む音が一際大きく鳴った。
rewrite:2022.03.05

音よりも速く響く

▼ 黒子テツヤ

大切なものや好きなものがたくさんありすぎて、ときどき何もかも失ってしまうような気がして怖くなる。大切なものも好きなものも、どれもこれも壊れて失くなってしまいそうで、そうならないように大事に大事に丁寧に扱おうとしてもふとした拍子に手を滑らせて壊してしまいそうで、どうしようもなく怖くなる。まだ昔、大切なものがひとつだけしかなかったとき、こんなことは思わなかった。そのたったひとつをしっかりと握り締めていたから、失くすことも手を滑らせることもなかったのだ。でも今は両手では抱えきれないほど、溢れて零れて、割れてしまうほど大切にしたいことがある。どれひとつとしてどうでもいいものはない、僕には必要なものばかりだから、壊れてしまったとき僕は一体どうなってしまうのだろうか。僕も壊れてしまうのだろうか。「じゃあ、どれかひとつだけ、特別大切なものをつくってみたらどうですか?他のものが壊れてなくなってしまっても、それがあれば大丈夫だと言えるようなものです」「どれも大切だよ」「その中に、自分の命を引き換えにしてでも守りたいものはありますか?」「……わかんない」どれも大切で必要だけれど、そんな、自分の命と比べたことはなかった。壊れたら僕自身も壊れてしまうかもしれないと思うことはあっても、自分が壊れてしまってでも大切にしていたいものなんてわからない。「テツヤくんはあるの?」「ええ、ありますよ」優しく目を細めて、陽だまりみたいに彼は微笑んだ。ひどく大人びたその表情は見たことのないもので、彼が知らない人のように思えて寂しくなった。こうして少しずつ彼と僕との距離は離れていくのだろうか。僕の大切で好きなもののひとつである彼がすっかり遠く離れてしまったら。そう考えると、すごく怖くなる。「それは、なに?」知ることは怖いけれど知りたいと思った。彼がそうまでしても守りたいと思ったものが。眉を下げてまた優しく微笑んだ彼が、君です、と泣きそうになるほどあたたかい声で言った。
rewrite:2022.03.05

傷をつないでつくった話

▼ 黒子テツヤ

美しい薔薇には棘がある。彼はそれこそ触れたら途端に皮膚が裂け血が出てしまうような鋭い棘を持っていた。人を傷つけなければ生きていけない彼は血の海に溺れながらも、必死で息を吸い生き続ける。死んでしまいたいと泣き、その涙が赤に混じる様を見て顔を顰めてまた涙を流し人を傷つけるのだ。彼を愛し彼に愛された人は皆彼に人生の全てを捧げ息絶えていく。彼の涙を拭おうと赤く汚れた体を拭おうと手を伸ばせば、瞬く間に切り裂かれ抉られ、縫い止められてしまう。愛する人を傷つけてしまう苦痛にまた彼は泣く。こんなことしたくない、もういやだと嘆き、自分を責めながらも何も変わらない、変えられない。変えられる筈がないのだ、その棘は彼の体から生えているものなのだから。削ぎ落とそうとすれば己の体が傷つき血が流れる。結局のところ自分がかわいい彼はそれが出来ずに、人を傷つける道を選ぶしかないのだ。「わかってる、泣いたって何も変わらないことぐらい」はらはらと涙を落とす美しい彼をそうっと抱き寄せる。彼はお姫様になることを望んでいた。誰からも愛され、必要とされ、幸せそうに微笑む彼女に憧れていた。彼の涙に震えた声がすぐ傍で聞こえる。人を傷つけることしか出来ない、血に塗れたような人間の王子様になんて誰がなるというの、綺麗な硝子の靴なんて履けないし、毒林檎を食べてしまっても誰も助けてはくれない。僕を愛してくれる人なんていないのだ、こんな人間を誰が必要とするの?じっとりと濡れた肩口が冷たい。彼のようだと思った。傷つくことを恐れすっかり凍り付いてしまった彼の心のようだと。「大丈夫ですよ、ちゃんと、あなたを大切に思う人はいます」僕がいるじゃないですかと、そう、言いそうになる。でもそれは言ってはならない。言ったら最後、彼は僕の傍にいてはくれなくなる。僕を傷付けたくないなんて言って突き放されてしまうだろう。僕は彼になら何をされてしまってもいいのに。そうっと回された腕は細く、棘に満ちていた。
rewrite:2022.03.05

スパンコールを分解できない

▼ 黒子テツヤ

今日の食堂はやけに混んでいる。がやがやと騒がしい声をなんとなく聞きながら食券を購入し、受け取り口へ並んだ。中で忙しなく動いている人々をぼうっと眺めていたとき、ふとテツヤくんも今日は食堂だと言っていたことを思い出した。一緒に食べようと誘っておけば良かった、勿体無いことしてしまったな。きっと彼はバスケ部の人たちと居るのだろう、あの中に入っていけるほど僕は彼の周りの人と交流はないから見つけても一緒には食べられない。おばさんからオムライスとサラダを受け取り、座れそうな席を探す。座れるところはあるにはあるのだろうけど、如何せん人が多くてなかなか見つけられない。ゆらゆらとあちこちに視線を飛ばし開いている席を探していると、やけに目立つグループが目に入った。バスケ部だ。一際騒がしいし間違いない。あの中にテツヤくんもいるのかと思ったけれど、あの特徴的な美しい髪はその中に見当たらない。一緒じゃないのだろうか。皆やたらと大きいから隠れて見えないだけなのかと、人や席の合間を縫って開いてそうな場所へ向かいながらその騒がしいテーブルに目を向けてみるけれど、やっぱり見つからない。一緒じゃないんだ。もしかしたら一緒に食べられるかもしれない、と気分がふわっと浮き上がる。一度立ち止まってざっと辺りを見回した。人が多いけど大丈夫、見つけられる。「テツヤくん」ああ、ほら。窓際の席でひとり静かに箸を進める彼を見つけた。日に当たって透けた髪がきらきらと光っていて、彼の周りだけ少し浮かんで見える。「……君」ちょっとだけ目を丸めて、吃驚しましたと言いながら彼は箸を置く。「ここで食べてもいい?」「どうぞ。よくわかりましたね」「うん、テツヤくんなら僕は何処ででも見つけられる自信あるよ」「それはまた」「だって好きな人って輝いて見えるっていうでしょ?」「……確かにそうですね」少し照れたように頬を赤らめて笑う。こんなに綺麗な人を見つけられないなんて、皆随分と勿体無いことをしているな。
rewrite:2022.03.08

泥か水晶

▼ 黒子テツヤ

彼にとっての愛の言葉というのは生きるために必要なものだった。誰かに愛されていなければ彼は死んでしまうのだ。今日も誰かの愛を受け取って彼は息をしているのだろう。しかし彼はただ一方的に愛され、尽くされ、受け取るだけで自分が誰かを愛することはない。彼は独り善がりな愛の囁きを笑顔で受け取り、知らぬところで平然とそれを踏みにじっているのを僕は知っていた。受け取るだけ受け取り、尽くされはするけれどそれを本心で受け入れることはないということも、また。彼はひとりでなど生きていけないのに、一人だけで立とうとする。どうしてわざわざそんな道を選ぶのかと聞いたとき、彼は冷え切った顔で言った。どうせすぐ離れていくのに、どうしてわざわざ受け入れて傷付かなければならないのか、と。あまりにも冷たい言葉だった。彼はきっと、本当の意味で誰かに愛されてきたことはないのだ。「好きです」彼は手元から顔を上げてから、宝石のような瞳を煌めかせ僕を見つめるだけで何も言わない。「好きです、君」「うん」「まだ、信じてくれませんか」「信じるもなにも……今は本気かもしれないけれどこれから先二年三年って経っていけばすぐになくなるでしょ」そんな薄っぺらいもの、と鼻で笑い頬杖をつく。「どうしたら信じてくれるんですか?」「……ねえ、なんでそんなに必死なの」馬鹿みたいと言いたげな顔に胸が痛んだ。そんなの決まっているじゃないか。「好きだからです」「意味わかんない。答えになってないよ」心底馬鹿にした眼差しが皮膚の上を撫でていく。彼を想う心を否定されるのは、それまで彼を想って過ごしてきた時間もなにもかも無いものとされているようで悲しく苦しい。「ねえ、黒子くんは僕のために死ねる?」「はい」「そう。じゃあここから飛んでって言ったら?そうすれば信じるって言ったら、飛ぶの」「飛びます」彼の唇がゆるい弧を描く。じゃあ、飛んでよ。ふうわりと甘美な笑みが浮かべられた。
rewrite:2022.03.08

どうかあなたの神様にしてください

▼ 黒子テツヤ

彼が死にたいと口にする度に、その体のどこかが死んでしまっているような気がした。それは内側だったり外側だったりして、見えるときと見えないときがある。「死にたい」死んだらあの綺麗な星になれるの、といつだか今日のように美しい星々が輝く夜、彼は泣きながら言っていた。死にたい、と囁きながら彼はバイオリンを奏でるようにどす黒い色をした腕へ刃を滑らようとする。「だめです」死にたいと言う度、心は傷付き血を流し、同様に彼の外側も血を撒き散らす。綺麗だった白い腕はもう随分と長い間血を流し続けたせいで汚く、歪なものへと変わっていた。それでも、僕はこの腕を綺麗だと思う。彼が纏う柔らかなタオルケットで頬を伝う涙を拭ってやり、その手から彫刻刀を取り上げた。彼はいつも彫刻刀を使う。美しさを求める彼にとってはカッターなどという冷たく不粋なものは触れたくないのだろう。それか、自分を造り替えたいという気持ちの表れなのかもしれない。瘡蓋の毟られた傷跡に消毒液をかけガーゼをあてて包帯を巻いていく。僕の手に彼の涙が落ちて、その冷たさに一瞬息が止まった。死にたい、ともう一度彼が言う。「それは、困ります」綺麗に巻くことの出来た包帯の上をそっと撫で彼の顔を覗き込む。涙で濡れた睫毛がきらきらと光っていた。「君がいなくなってしまったら、僕は誰と好きなものを分け合えばいいのですか。映画やご飯もひとりきりだなんて、そんなのは嫌です。寂しい」「テツヤくんなら、すぐに素敵な人を見つけるよ」「見つかりません。君じゃないと僕は嫌です」彼が死にたいと思う理由なんて僕には理解しきれなし、彼が感じるもの全てを把握できるわけでもないし、痛みだって解ってあげられない。でも僕は彼のそばで、彼を支えたい。愛したい。「僕には君の痛みや悲しみを理解することは出来ません。でも、君に幸せだと感じさせることは出来ると思うんです。だから、死にたいだなんて言わないでください。僕のために、僕の傍で笑っていてください。幸せに、させてください」
rewrite:2022.03.08

踵に仕舞われた魔法

▼ 黒子テツヤ

どこにも行けない、と彼はいつも言う。どこにも行けない、ここから出られない、ここにしか居られない。昔は二人で美味しいものを食べに行ったり、彼の好きな映画を見に行ったり、素敵な本を探しに行ったり、色んなところに出掛けていたのに今じゃあ彼は自分の城からは一歩も出て来なくなってしまった。いつの間にか、彼の好きなものをたくさん集めたその部屋でしか彼は生きることが出来なくなってしまったのだ。「今日は良い天気ですよ、出掛けてみませんか」カーテンの閉めきられた薄暗い部屋の片隅に置かれたベッドで、毛布をかぶり小さく丸まったその体に手を添える。僅かに覗いた彼の頭が、いやいやと揺れ動いた。綺麗に片付けられた彼の部屋から、靴がひとつ残らずなくなったのは彼が外に出ることを拒み始めて数日過ぎた日のことだ。お洒落な靴がたくさん並べられていた棚は空になり、よく履く靴もお気に入りの靴も何もかも無くなっていた。彼の色に溢れていた玄関は瞬く間に息絶え、無色で冷たい空間へ変貌してしまったのだ。「美味しいケーキ屋さんを見つけたんです」細い絹糸のような髪を指に絡め、くん、と引っ張る。「行ってみませんか?きっとも気に入りますよ」いやいや、とまた頭が動いた。「……靴がないから、出られないよ」小さい、くぐもった彼の声が毛布の中から聞こえてきた。靴がない。外に出ようと僕が言うと、靴がないと彼は必ず言う。靴がないから楽しい場所にも素敵な場所にも行けない、と。靴があれば出られるのかと言えば、僕なんかに合う靴はないと答える。その繰り返しで何も進まない。無理に引っ張り出すのは良くないと思ってここまできたけれど、今日は引くことは出来なかった。「靴があればいいんですか」だって今日は、大切な彼の誕生日だ。こんな閉めきられたところでそんな素敵な日を無駄にしてしまうのはよくない。「僕が履ける靴はないよ」「あります。僕は君に似合う靴をたくさん知ってる。それでも嫌だと、無理だというのなら靴なんて履かなくていいです。そんなものなくたって、僕はあなたを連れて行きますから」
rewrite:2022.03.08

泥濘の淡い暮らし

▼ 黒子テツヤ

僕が泣くとテツヤくんはいつもとても困った顔をしながらも、一生懸命泣き止ませようと言葉を紡ぐ。ああでもないこうでもないと色んな言葉を選んで、僕を傷付けないように注意を払って柔らかい言葉だけ渡してくれるのだ。面倒くさそうな顔なんてしないで、そうやって必死に慰めようとしてくれることが僕にはとても嬉しかった。でも、いつの日か面倒そうに眉を寄せておざなりな言葉しかかけなくなって、その言葉もなくなって、ただ顔を顰めるようになるだけのときが来るかもしれない。そう思うとどうしようもなく不安になるし、悲しくなる。僕はずっとずっと彼の胸の中で息をし続けていたいのだ。僕のせいで困ってほしいし、僕のせいでたくさん悩んでほしい。僕を中心にテツヤくんの世界が回っていたらなあとも思う。けど、彼は僕のものじゃない。テツヤくんの隣は僕のものかもしれないけれど、だからといって彼自身は僕のものではないから思い通りにすることなんて、強制することなんて出来ないのだ。「泣かないでください、君」僕を抱き締める腕がゆっくり背中を撫でる。優しい声が一生懸命言葉を選んでいた。「今日はどうしたんですか?」肩に顔を埋めテツヤくんがくれる優しさをめいっぱい享受しながら、彼の背に回した腕に力を込め訥々と語った。彼は僕の言葉を面倒がらずにきちんと全て拾い上げてくれ、まだ必死に僕を慰めてくれる。甘くて柔らかいものばかりくれる彼に、僕は今日もまた寄りかかってしまうのだ。「ごめんね」「どうして謝るんですか?」「面倒ばっかりかけてるから」「面倒だと思ったらこんなことしませんよ」「ほんとに?」「はい、僕が好きでやってるんです。だって泣いてる君を泣き止ませるのは僕の役目ですからね」ああ、また彼は優しい言葉ばかり言う。「それに、こうやって君が僕に頼ってくれるのはとても嬉しいんです」だからたくさん泣いてもいいですよ、と微笑んだ彼にやっと安心して僕も笑った。
rewrite:2022.03.09

天使のためのフェイクファー

▼ 黒子テツヤ

かわいくなりたい、とは掠れた泣きそうな声で言った。かわいくなりたい。男子が言う台詞ではないそれはひどく切実で、聞いているだけで苦しくなるような色を含んでいた。お姫様になりたいと願ってやまない彼は、しかし、それが現実になることはないと嫌という程理解していた。何をどうしたって自分はお姫様なんてものになれない、少女のようになんてなれない。それでも彼はお姫様になりたいと願い、そうなれる可能性を秘めている少女たちを嫉み、焦がれていた。「王子様、だってさ」彼の美しい相貌は少女たちの心を意図せずとも惹きつけ、それがよりの苛立ちを煽っていた。今日も渡された薄桃色の封筒を開くこともせずに破っていく。塵屑と化した哀れな想いを彼はただ無表情で見つめていた。「読まないんですね」「読まないよ、あんなもの」どいつもこいつも、と顔を歪めぎりぎりと指の爪を噛む。「だめです、噛んじゃだめ」そっと彼の口元から指を離すと、忌々しそうに手を振り払われた。僕の前ではいつもこうだ。他人の前では優しく、人当たりのいいどこまでも完璧な人間を作り上げるだけれど、本当の彼は全く違う。我儘で、嘘吐きで、人の心を弄び罠に嵌った人間を嘲笑う。綺麗な笑顔の裏に薄汚れた嫉妬を隠し、優しい言葉の裏に悪意を隠す。疲れないわけがないのにそれでも止めないのは、そうとしか生きられないからだ。彼は自分がどんな人間なのか理解している。理解してしまっているから、思うままに生きられない。「もうやだ」どうして女の子じゃないのだともう何度口にしたかも分からない言葉を繰り返し、膝を抱える。羨望と嫉妬に塗れ、息をすることすら儘ならない。「お姫様になりたい」震えるその背にどうしようもなく胸が締め付けられる。「、僕は、我儘で酷い事ばかりして、他人を傷付ける事しか出来ないのにそれでも必死に生きる君が、一番素敵だと思います。一番、可愛らしく見えます」そして誰よりも何よりも、愛しいと感じるのだ。「それじゃあ、駄目ですか」
rewrite:2022.03.09