※オメガバースの世界で生きるnot監督生がレオナの世界に来ちゃう話
※時間軸は原作前
※twstキャラはあだなのみ使用なので、あだなはカタカナ表記推奨
その人に初めて会ったのは俺がまだ中学校に入学したばかりの頃だった。
いや、会ったというのは少し違う、“夢で見たのは”というのが正確だろうか。この現実の世界で俺はその人、レオナと名乗ったその人と実際に会ったことはないけれど、もう何度も、何年もずっと夢では会っているのだ。
初めて夢でレオナと会った日のことはよく覚えている。
入学式から二週間ほど経った頃、通学中に本を読もうと市の図書館へ行った時に妙にきらきらと輝いて見える不思議な植物図鑑を見つけのだ。なんとなく気になって中身をぱらぱらと覗いてみれば、どれも見たことも聞いたことも無い草花ばかりだった。
空想の植物図鑑なのだろうかと興味を引かれてその本を借りて帰り、家でじっくりと読んでみれば、ところどころの草花に「変身薬によく用いられている」「稀に恋の妙薬に用いられることがある」などなんともファンタジックな説明文が書かれている。昔から魔法や妖精、空想の世界の不思議な生物といったものが好きだった俺は夢中になってその本を読んでいた。
そうしていつの間にか、俺は眠りについてしまっていた。
誰かの声にはっと目を開けると、俺は見たことも無い美しい花々の咲く巨大な温室の中に寝転がっていた。
「わあ……」
花や木々の向こうに、ドーム型のガラスの天井が見える。そこから差し込む日は柔く、まだ朝の早い時間のように思えた。
草花の香りをしばし堪能し、身を起こそうと動かした手に何か硬いものがぶつかった。見れば図書館で借りたあの図鑑である。
開かれたままのそれを引き寄せると、南国に咲くような色鮮やかで大ぶりな花の絵と写真が目に入った。
「あ、これ」
そこに載っている花のひとつが、目を開けてすぐに視界に入っていた鮮やかな花と一緒であることに気付いた。
図鑑を手に花へ近寄って見比べてみれば、書いてある特徴や写真と全く同じである。切り傷を直す魔法薬によく用いられるらしいその花は、香りは無くとても脆いと記されていた。
こういった花は香りも派手そうなのに、と思いながらもつるつるツヤツヤな花弁に触れて見たくてうずうずしてしまう。脆いってどういう意味なのだろう。少しの衝撃ではらはらと花弁が散ってしまったりするのだろうか。
まあこれは夢だし、俺の好きにしてもいいだろう。
脆いらしい花弁を突っついてみようと指をを伸ばしたが、その指が花弁に触れる前に誰かにぐいっと腕を引かれ触れることは叶わなかった。
大きな手に黒いグローブをはめたその人はミルクチョコレートのような甘そうな色の肌をしている。美味しそうな色だな、とぼうっとその腕を眺めていると、「何やってんだ」と聞いているとちょっとぞくぞくするような甘さの滲む低い声が上から降ってきた。
「手袋もしないで触ればどうなるか習わなかったのかおチビちゃん」
振り仰ぎ見た先にいたのは、ビターチョコレートのような艶々とした髪に輝く翡翠の瞳をした男の人だった。ふわりと漂う香りもチョコレートとコーヒーの混ざったような、甘いのにほろ苦い、彼のその見た目通りのような匂いをしている。
現実味のないほど端正な顔をしたその男の人の頭頂部に見つけてしまったぴこぴこ動く丸い耳に、なるほど不思議な夢だなと納得したところで俺は自室のベッドで目を覚ました。
これが、俺とレオナの出会いである。
二、三週間に一度、月に二度あるかないかの頻度で俺の夢の中にレオナが出て来るようになって半年ほど経った頃、俺はやっとこれがただの夢ではないかもしれないと思い始めていた。
夢で見るのはいつもあの美しい花々の咲き乱れる大きな温室の中で、その温室を散歩していれば必ずレオナに出会うのだ。
噴水の近くで何かをしていたり、日当たりの良い芝生のようになった場所で昼寝をしていたり、葉の大きな植物の下にあるベンチで本を読んでいたり、その時々でレオナの居る場所は違う。
初めて出会ってから半年、温室に咲く植物の話だけではなく他愛もない会話を交わすようになった頃、俺が一体どこからこの温室に来ているのかとレオナが尋ねきた。それに対して「夢の世界にどこもなにも無いんじゃないのか」と返した俺にレオナが妙な顔をして、それからもしかしたらこれは夢ではないのではないかと思い始めたのだ。
だって、夢にしてはレオナという存在はあまりにも現実味があるのだ。彼はとても博識で、俺の知らない、想像も遠く及ばないような世界の様々なことをたくさん教えてくれる。
「レオナ、レオナって生きてる?」
「あ?」
「俺、レオナのこと俺の夢の中の人だと思ってたけど、もしかしてそうじゃない?」
「……さあな。俺はここで生きてはいるがお前がこの世界で生きていない限りそれを証明するすべはないだろ」
「レオナは俺のことを何だと思ってる?」
「ゴースト。か、それに近しいモノ」
そう言いながら、何かを確かめるようにレオナは俺の頬に触れる。
「お前があの日持ってた、図書館で見つけたっつってた図鑑、あれはこの世界の物だ」
「え」
「花の扱いも大して書いてない、百年くらい前のもんだがうちの学校の図書館にもある」
お前はどこから来たんだ、とレオナは以前俺にした質問をもう一度した。
「俺はお前に毎日会ってる。初めて会った時以外は決まった時間に、毎日」
遠くの方から規則的な電子音が聞こえてくる。アラーム音だ。
「なあ、お前は一体何なんだ」
それに答えを返す前に俺は夢から覚めてしまった。
* * *
お前は一体何だとレオナに問われた日から、俺はあの温室には行けずレオナに会えなくなった。あの図鑑も図書館から消え失せていて、司書さんに探してもらったがそれらしきものは見つからなかった。まさしくあれは全て夢であったのだと突きつけられているようで、寂しさが押し寄せてくる。
レオナに会えずもやもやとした悲しみと寂しさを抱えることとなって三年、俺は高校生となり二次性が現れた。
多くは中学生くらいに現れるという二次性は毎年の健康診断の血液検査にて行われるが、俺は一向に出ず、高校一年生になってやっとそれが判明した。結果はオメガだ。
レオナの香りを感じ取ってからどこかでこうなると分かっていた。
けれど世の多くのオメガたちとは違い、俺はすくすくと成長し身長は百八十を越えそうだし、体格だって華奢じゃない。ムキムキのマッチョほどではないにしても筋肉はついたし、色んなスポーツをやるうちに腹筋だって割れている。夢の中で出会った、俺の知る誰よりも聡明であったレオナに近付きたくて勉強だけではなく様々な書物に触れ、知識を蓄えて行ったからまあ頭も悪くない。
そんなあれやこれやで、同級生や友人は俺のことをアルファだと思っているし、姉にも見るからにアルファと頷かれ、父と母にもちょっと勿体ないね、なんて言われて、俺はなんだか無性に悲しくてレオナに会いたくてたまらなくなってしまった。
会いたくてたまらなくても、レオナに会うことはないまま日々は過ぎていく。
そうして高校一年生の冬、発情期の兆候が出始めたところで俺はオメガの全寮制学校へと転校することとなった。もともとはオメガと診断された時点で転校を予定されていたが、俺が頑なに拒否したがために発情期の兆候が出たらということに延ばされていたのだ。
その学校では、オメガ性の性質や身体の変化などオメガについての勉強の他に、裁縫や料理、マナーなどを学ばせられる。一般的な、ベータやアルファたちの通う学校で学ぶような教科はほとんどない。あっても中学生レベルか良くて高校一年生レベルらしい。
抑制剤や緩和剤の開発が進みほとんどベータと変わらない生活が出来る今、オメガ性を受けた者達も好きな職に就くことが出来るようになったと聞く。けれど実際は、ほとんどのオメガは“家庭”にはいり社会になんて出て来ない。
出たくても高校も大学も出ていないのだ、就ける職だって限られてくる。
どうしてもなりたいものがあれば自力で勉強するしかない、けれどそれをさせてくれる場があるかどうか。
俺が転校するとされている学校には、俺の見た限りではそんな場はなさそうであった。
教員はほぼ全員ベータで、オメガは養護教諭とスクールカウンセラーのみ。見学も兼ねた入学面談の際に話をした教員たちは皆、オメガの最大の幸せはアルファに尽くすことであるという考えを持っていた。
アルファと関係を持てば変わるのかもしれないが、今の俺には到底そうとは思えない。
こんなところに入学するのか、と絶望すら覚えた場所に、俺は冬休み明けの三学期から通わなければならない。
荷造りを終え、幾分すっきりとした自室をぼうっと見回す。
「大和、用意は出来たか?」
そっと窺うように、ドアの向こうから父が小さな声で問いかけて来た。
開けて入ればいいのに、俺がオメガと診断されてから父も母も俺の部屋には入って来なくなった。
父も母も、俺がオメガになってからどこか遠い人となってしまった。父はあまり俺と話をしなくなったし、逆に母は過保護なほどに俺へ干渉してくる。少しでも帰宅時間が遅くなれば迎えに来るし、怪我をしてくれば異様なほど心配するし、友達と遊びに行くにもそこにアルファがいるかどうかを些か執拗なまでに確認してくるのだ。
まあ何か起きてからでは遅いと心配する気持ちも分かるけれど、俺にはそれが窮屈で、昔のように帰りが遅くなったり怪我をしてもただ「男の子だからね」と片付けてほしかった。
「出来てる」
「じゃあ、その、車で待ってるからな」
随分とぎこちない他人行儀じみた会話だ。
ほとんど本しか入っていない鞄だけを手に俺は監獄じみた学校へと向かうこととなった。
夢にはいつも終わりがあって
2022.09.20 | 何故かレオナ・キングスカラーに世話を焼かれる夢を見てとてもドキドキしたので、鉄は熱いうちに打てとばかりにノリと勢いで書き綴った代物となります。