※特に争いも何もない捏造過多のほぼパラレル世界線です
※愛が溢れて犯罪行為に走るアバッキオ氏でも良い人向け
アバッキオには高校生の頃からずっと忘れられない人がいる。ジョシュア・マーティという、日本人とアメリカ人の間の子で西洋の血を色濃く引き継いだ青緑の瞳が鮮やかな男だ。
一目惚れだった。ジョシュアの纏う名状し難い不思議な雰囲気に惹き込まれてしまったのだ。彼には何か、異性よりも同性を惹きつける空気があった。どこか頽廃的で、危うく、それ故に目の離せない艶やかさを放つものを持っていたのである。
それは、例え純然に健全たる心を持った人間ですら時にはぐらつかせてしまうほどで、もとから人と違う特殊で妙な性癖を持つ者には途方も無く抗い難いものであっただろう。最早魔性といっても良い。
高校に在籍中、ジョシュアが妙な男に言い寄られているところをアバッキオは何度も目にした。その度に陰ながらそれとなく、けれど徹底的にそんな輩は排除したが、きっと、高校入学以前からそういったことは何度もあったのだろう。
可哀想だと思い、庇護欲を煽られてしまえば、もうあとは燃え盛るだけであった。
春に芽吹く花のように淡かった恋心は、月日と共により強く鮮やかなものへと変わり、決して忘れられない、消えないものへと変わっていったのだ。
高校を卒業してもずっと、アバッキオは心の底からジョシュアに恋をしていた。彼を守りたい一心で、彼を付け狙う人間を全て自分の手で捕らえ葬り去りたい一心で警官になってしまうほど、アバッキオは彼を愛していたのだ。たとえ彼に、自身を認識されていなくとも、良かったのだ。
そう、アバッキオは、在学中一度もジョシュアへ声を掛けることはなかったのである。魔の手から彼を守り、遠くから見つめるだけでアバッキオは満足していたのだ。それだけで胸がいっぱいになってしまうのだもの、声を掛けられるほど近付いてしまえば心臓が破裂してしまうかもしれない。どんな醜態を晒してしまうか分からない、だから近付けない、声を掛けられない。
なんてことをしている間に高校を卒業してしまったのである。
けれど同じ街に暮らしていれば、どこかで偶然出会えるかもしれない。警官として彼を守るうちにいつか話が出来れば、なんて夢見ていたアバッキオだが、悲しいことに彼が警官になって間もなくジョシュアは母親の実家がある日本へと旅立ってしまったのだ。
愛する人と離れ離れになってしまい、アバッキオは大いに悲しんだ。どろどろと心が崩れていくような心地さえした。半ば抜け殻のような状態で、それでもアバッキオは警官として市井の人々を守る仕事を続けていた。
* * *
その日もアバッキオは変わり映えのしない業務を終えて帰路へとついた。
最近、思うのだ。ある程度の金が貯まったら警察を辞めて日本へ行くのもいいかもしれない、と。ジョシュアがいる国へ行きたい。たとえ会えなくとも構わないから、彼を身近に感じたい。
叶わなかった恋を諦めて新たに恋ができるほどアバッキオは切り替えの上手い人間ではなく、心はどんどんと空っぽになっていく。楽しいこともなければ、嬉しいこともない。このまま死んだ心地で生きていくよりも、ジョシュアのいる場所へいったほうがずっと良いだろう。
そうぼんやりと思いながら歩いていたアバッキオの耳に、言い争うような声が聞こえてきた。複数人の声だ。声はこの先の路地から聞こえてくる。と、その声の中に、聞き覚えのあるものがあった気がした。
「……今の、」
考えるよりも先に足が動く。どんどん近くなる声に、アバッキオは確信した。ジョシュアの声だ。絶対に間違えるはずがない、確かにジョシュアの声だ、彼が誰かに襲い掛かられ、必死に抵抗している!
「何をしているッ」
低く吼えるようなアバッキオのその声は、路地裏によく響いた。ハッと身を固めた男たちの向こう、積まれた木箱へ身を押しつけられ動きを封じられた、日本に居ると思っていたジョシュアの姿が見える。乱れた服に青褪めた顔。殴られたのであろう頬が不自然に赤く、桃色の唇の端にも赤が滲んでいる。それは痛々しく哀れで、故に嗜虐心を煽る姿だった。
下卑た笑みを浮かべた男が口を開き、何かを言う。しかしその言葉を理解する前にアバッキオは目の前の男を殴り飛ばした。続けざまにぽかんと阿保面を晒した男と、情けない悲鳴を上げた男も地に沈めてしまう。
あっという間の出来事だった。
「……大丈夫か、その、……これを着るといい」
ボタンの飛んだワイシャツの胸元を握り、どこか呆然とした顔をするジョシュアへ、アバッキオは上衣を脱いで渡した。白い肌があまりにも目に毒だったのだ。同時に、その柔肌へぶしつけに触った野郎のことが憎くて仕方がない。いっそ死刑にでもしないと気が済まないほどである。
ありがとう、と強張った顔で少しだけ笑んだジョシュアはアバッキオの手から上衣を受け取り羽織った。ワイシャツの前を合わせ、上から押さえるように上衣のボタンを留めるその仕草が、異様なほど情感を煽る。
どうにかしてしまう前にアバッキオはサッと目を逸らし、地面に落ちていたジョシュアの鞄を拾い上げた。土を払い、それを差し出しながらアバッキオはもう一度ジョシュアを見やる。
夢ではないのだろうか。どうして彼はここにいるのだろう。
「ありがとう、助かった」
「いや……あー、これから家に帰る途中か?」
「まあ、そうだけど」
「良ければ送ろうか、この辺はそこまで治安は悪くないが、夜になるとこういう輩が時々出る」
初めての会話と、今までにない近距離にどきどきと胸を高鳴らせ、それでもアバッキオは平静を装う。尋常じゃなく手汗をかきながら、訝しまれる前に警察手帳まで見せてアバッキオは少しでもジョシュアと共にいられるよう必死に手を尽くしていく。この時ほど警察を辞めていなくて良かった強く思ったことはないだろう。
ジョシュアはアバッキオの警察手帳をじっとみつめ、それから少し肩の力を抜いてまた微笑んだ。
「じゃあ頼むよ、おまわりさん」
そうしてアバッキオは、焦がれてやまなかった人と再び相見えることができたのである。
ジョシュアの隣を歩くアバッキオの空っぽであった心は、一瞬で彼への愛で溢れんばかりに満たされていた。ジョシュアがこの地に居る限り、また全てをかけて彼を守ろう。自分の上衣を羽織ったジョシュアに胸をときめかせながら、アバッキオは強くそう決意した。
いとしさで世界が傾ぎそうなほど
2019.05.04 | 我らが愛しのアバッキオくん追悼とサイト五周年記念(約ひと月過ぎてますが)をかねて、とうとうはじめてしまったアバッキオくんの連載です。ウルトラハッピー(個人差があります)なラブストーリーの予定です。