信仰のにおい、羽化の引鉄
▼ ジェイド・リーチ
※前話のつづき
入学式から一ヶ月、新入生たちのあれこれが落ち着いたその日、ジェイドは人が住んでいるとは思えない形ばかり大きく立派な廃墟の扉の前に立っていた。
魔力も帰るべき場所も何も持たないあの少年が、“監督生”という肩書をつけられ学園の片隅にこの廃墟へ押し込められたと聞いたのだ。
幸いにも今日はラウンジの仕事が無く、“話し合い”も無い。だから、ただもう一度あの薄ら寒さを漂わせる美しいものを目にしてみたい、というそれだけを胸にジェイドは簡単に蹴破れてしまいそうな扉を叩いた。
「……どなたかいらっしゃいませんか」
しん、とした静けさの中に微かに話し声が聞こえる。ジェイドは音の出所を探すように扉から身を離し、音に意識を傾け出所を辿っていった。
少しずつ大きくなる話し声は楽し気で、小さな笑い声も混じっている。そうして辿り着いた先、建物の裏の荒れた庭先でジェイドの捜していた人物は猫にも狸にも見える魔獣と戯れていた。
「もっともっと作るんだゾ!」
その手に握られた水色の棒の先についた輪から、ふわふわと様々な色のシャボン玉が飛んでいく。弾ける度にキラキラとした粒子や火花を散らすそれは魔力に反応して七色に煌くもので、一年生が初めての魔法薬学の授業で作るものだった。
ふわふわと飛ぶシャボン玉の粒子を浴びて笑む上質で精巧なビスクドール。ぼんやりとその姿を見つめていたジェイドに気が付いたのは、吹き具から延々とシャボン玉を生成していた魔獣―――グリムであった。
「おい、アイツ誰だ?お前の知り合いか?」
振り返った少年の瞳が真っ直ぐにジェイドを捉える。
夜の海、慣れ親しんだ故郷の暗くて寒い海底。多くの生と死を抱く海の瞳。
辺りに散るシャボンの火花と粒子を浴びてなお何の色にも変わることの無い黒々とした瞳が、ジェイドの眼差しと絡み合った途端、色を変えたように思えた。
夢見るような淡く柔らかな光を抱いて、不思議な色合いを帯びたのだ。熟れた林檎の唇が僅かに震えながら淡い笑みを象る。
「うん……知ってる人」
2025.06.01 | 「まだ温い半貴石」の続き。連載しようとして断念したやつです