しらない世界の夜のくらやみ


良いことをすると幸せになれる。それは祖母の口癖で、祖母によく懐いていた僕はその言葉を信じていた。
良いことをすれば幸せになれるし、死んだら天国に行ける。悪いことをすると地獄に落ちるんだよ、神様が全て見ているからと優しい顔をして僕に話していた祖母は、きっと天国へ行っただろう。

「ありがとう、黒子くん」

春の日差しのように温かく、花のような柔らかく淡い笑みを纏った彼に、気持ちが舞い上がる。

「黒子くんには助けてもらってばっかりだなあ」

ごめんね、と申し訳なさそうに眉を下げる彼に首を振る。

「僕がやりたくてやってるだけですから、謝らないでください」
「優しいね、黒子くんは」

また笑みを浮かべた彼の目が僕から逸れて一瞬止まる。はっと息を飲み頬を染めた彼のあまりの可憐さにどきどきと胸が高鳴ったけれど、視界の端に映った人影にその熱は一瞬で引いていった。
気怠げに中庭を横切る青い髪の背の高い男。東雲君、と彼を呼ぼうと口を開いたけれど何も言えずに飲み込んだ。

「(なんで)」

青峰君を見つめるその横顔は淡い恋の色に染まっている。なんで、僕じゃないんですか。寸でで飲み込んだその言葉の代わりに、細く息を吐く。
彼が決めたことだ、僕がそんなことを言ったって意味がない。心はそう簡単に変えられるものじゃあないと分かっている。
だから全部飲み込んで、耐えるのだ。良いことをすると幸せになれる。その言葉を守ってきた僕は、幸せになれるし天国にも行けるのだ。
でもどうだろう、彼は。東雲君の気持ちを横から強引に掴み取り、そのまま好き勝手に生きる彼は。
神様は、全て見ているのだ。だから彼は幸せにはなれないだろう。

「今日は本当にありがとう、助かったよ」
「いえ、また何かあったら言ってください」
「黒子くんもね」

また明日、と手をあげる彼に応じて片手をあげる。
この後きっと、彼は青峰君のところに行くのだろう。そうやって彼の心をいいように使う青峰君は、本当に悪い人だ。

「悪いことをすると地獄に落ちるんですよ、青峰君」

静かな廊下に滲んだ声は、誰にも聞こえない。

rewrite:2022.03.10 | BGM:神様のいうとおり / やくしまるえつこ