天使のためのフェイクファー


かわいくなりたい、とは掠れた泣きそうな声で言った。
かわいくなりたい。男子が言う台詞ではないそれはひどく切実で、聞いているだけで苦しくなるような色を含んでいた。
お姫様になりたいと願ってやまない彼は、しかし、それが現実になることはないと嫌という程理解していた。何をどうしたって自分はお姫様なんてものになれない、少女のようになんてなれない。
それでも彼はお姫様になりたいと願い、そうなれる可能性を秘めている少女たちを嫉み、焦がれていた。

「王子様、だってさ」

彼の美しい相貌は少女たちの心を意図せずとも惹きつけ、それがよりの苛立ちを煽っていた。今日も渡された薄桃色の封筒を開くこともせずに破っていく。
塵屑と化した哀れな想いを彼はただ無表情で見つめていた。

「読まないんですね」
「読まないよ、あんなもの」

どいつもこいつも、と顔を歪めぎりぎりと指の爪を噛む。

「だめです、噛んじゃだめ」

そっと彼の口元から指を離すと、忌々しそうに手を振り払われた。
僕の前ではいつもこうだ。他人の前では優しく、人当たりのいいどこまでも完璧な人間を作り上げるだけれど、本当の彼は全く違う。
我儘で、嘘吐きで、人の心を弄び罠に嵌った人間を嘲笑う。綺麗な笑顔の裏に薄汚れた嫉妬を隠し、優しい言葉の裏に悪意を隠す。疲れないわけがないのにそれでも止めないのは、そうとしか生きられないからだ。
彼は自分がどんな人間なのか理解している。理解してしまっているから、思うままに生きられない。

「もうやだ」

どうして女の子じゃないのだともう何度口にしたかも分からない言葉を繰り返し、膝を抱える。羨望と嫉妬に塗れ、息をすることすら儘ならない。

「お姫様になりたい」

震えるその背にどうしようもなく胸が締め付けられる。

、僕は、我儘で酷い事ばかりして、他人を傷付ける事しか出来ないのにそれでも必死に生きる君が、一番素敵だと思います。一番、可愛らしく見えます」

そして誰よりも何よりも、愛しいと感じるのだ。

「それじゃあ、駄目ですか」

rewrite:2022.03.09