39

どこかでまた撃ち合いでもしているのか、発砲音がずっと聞こえていた。
その音を聞きながら東雲と黒子テツヤは情報交換も終えて他愛ない話をぽつぽつと交わしていた。火神大我は会話には加わらず、二人の声を聞きながら体を休めるように目を閉じている。
穏やかで柔らかな東雲と黒子の声に本格的に眠気が火神に訪れていた時、ドンッと低く響く異様な音が聞こえて来た。

「なに、今の」

何かが破裂したような、爆発したような、振動が伝わってきそうな重たい音であった。
警戒した顔で立ち上がった火神を東雲は不安げな顔で見上げる。

「爆発音?」
「みたいな感じだったな。どうする、確認するか」

火神の言葉に黒子は東雲を見た。自ら危険に飛び込む必要はあるのだろうか、また東雲と逸れてしまうようなことになってしまったらどうする。
自分の手を握り不安げな顔をする東雲に、黒子は「危ないのでやめておきましょう」と首を振った。
同級生たちの数が減った今、恐らく出会えば自身が生き残るために必ず争いになるだろう。いつかは争いになるのだとしても、なるべく東雲を危ない目には遭わせたくないのだ。
こんな状況下にいるせいか、いつもよりも随分とひんやりとした手を黒子はしっかりと握り返す。不安や恐怖が少しでも安らげばいい、と少しだけ目元を緩めた東雲へ黒子は微笑んだ。

「分かった。まだここにいるか?」
「いえ、少し移動しましょう」
「どこに行くの?」
「今この辺りか?ならこのまま海岸沿いに南下してって、山辺りを目指すか」
「そうですね」

それほど荷物も広げていないのですぐに出発の準備は整う。
東雲は方位磁針をぼうっと見つめながら、誰に言うでもなくぽつりと呟いた。

「……今何人くらいいるのかな」

感情の見えないその声に、何か背筋が冷える心地がして火神は警戒するようにじっと東雲を見た。
再会してからというもの、どうにも火神は東雲が恐ろしいものに思えて仕方が無かった。いつもと変わらない笑みのはずなのに、その裏が透けて見えるような気がするのだ。厭な臭いのする赤黒くどろどろしたものが、自分たちの知る“東雲”の皮を被ってそこに居る、そう思えてしまう。
このまま東雲と共にいるか、別で行動するか。それを考えてしまうくらいにはもう火神は東雲を信用できなくなっていた。
仲良く手を繋いで歩く二人の後を歩きながら、火神は自分がこれからどうしたいかをずっと考えていた。


X X X


高尾和成が手に入れたそれは、まさしくレーダー探知機であった。
プログラム参加者にそれぞれ個別で付けられている爆弾付きの首輪からは、常時位置情報を知らせる電波が発信されている。探知機はその電波を捉え、画面上に白い点でもって表示するのだ。範囲はおおよそ半径百メートルである、と探知機の持ち主であった女子生徒のデイパックから見つけた説明書には書かれていた。
良い拾い物をしたかもしれない。少し行った先にある倉庫と民家の辺りに付いた四つの白い点を眺めながら、高尾はゆっくりと倉庫へ近付いていった。
倉庫の壁面に点々とある小窓からちらりと中を覗いたが暗くてよく見えない。けれど一瞬、赤っぽい髪が見えた。見間違いなどでなければ赤司征十郎がいる。

「カズ、あれ赤司だよ絶対。カズが見間違いなんかするわけないし」
「ならやめとくか」
「うん、あんまし赤司に近寄んないほうがいいと思う」
「じゃあ先に診療所のほうまで行ってみっか」

学校のある立入禁止区域に踏み入らないよう少し遠回りしながら診療所へ向かって歩き出したが、中央に自分の白い点が表示されるだけで何も引っ掛からなかった。この先の住宅地もほとんどが禁止区域に入っているため、もうこの辺りにはあまり人がいないのかもしれない。
このまま引き返して島北部の山から神社の方へ回るか、倉庫の近くを通って農協や島南部の山を確認するか、地図を眺めながら迷っているとそれほど遠くない場所から低く大きな音が聞こえてきた。
爆発音のように思えたけれどあの倉庫からだろうか。
高尾は少し迷った末に音の発信元を探すことにした。

「カズ、気を付けて」

耳元で聞こえる茉柴の声に頷きながら倉庫に向かえば、倉庫の扉が外れ外側に倒れているのが見えた。窓の硝子も割れているようで、雑木林のほうにまで散らばってきらきらと輝いている。
爆発が起こったのは確かだろうが、火の気がないところをみると手榴弾か何かの類なのだろう。テレビでどこだかの戦地が放送されているときに見た、薄っすらとした知識しかないため詳しくは分からないけれど。
手元の探知機の画面を確認しても先程と違い倉庫に点はない。四つの点の全員が死んだのかは分からないが、死体だけでも誰か確認しておこうと高尾は荒れ果てた倉庫へ近寄っていった。

「うわ、すげーな……」

倉庫内はめちゃくちゃになっている。大きな鉄板があちこちに落ち、木材や鉄屑のようなものも散らばっていた。
足元に気を付けながら人がいないか探していると、奥の方にそれらしきものが見えた。色々な破片が刺さっていてどれが致命傷なんだか分からない状態だが、スカートを履いた人間が二人。スカートなら東雲ではない。
倒れていたのが誰なのか確認もせず、高尾はまた荒れ果てた倉庫内を歩き出す。影になって見えていなかったが、出入り口の近くにも一人いるのを見つけた。スラックスだ。
駆け寄って見たもののそこにいた人間は随分と体格が良く、背も高かった。

「こいつも違う……」

白い点は四つあって、今は三人しか見つかっていない。もう一人どこかにいるのかとくまなく探して見たが、それらしいものはどこにも無かった。

「赤司、いないね」
「な。もしかしたらここ爆破したのも赤司かも」

なんにせよ、ここに東雲はいない。きっとまだどこかでのうのうと生きているのだろう。
高尾は倉庫を出ると西に広がる林の中へ入っていった。そうして幾分か歩いた時、画面の左端に三つの点が表示されたことに気付いた。
ここから南の方だ。高尾は周囲の音に気を付けながら足早に点へ近付いていく。

「……カズ」
「ああ」

話し声が聞こえる。聞こえてきたその声は、間違いなくあの男のものだった。


X X X


警戒心剥き出しの眼差しはなかなかに鬱陶しい。そんなに警戒するくらいならさっさとどこか行ってしまえばいいのにと思う。きっと黒子を見捨てることになるのではと思って離れるにも離れられないのだろう。火神は見た目よりもずっと情に厚い男だ。
ちくちくと背後から刺さる視線にうんざりとしながらも顔には出さず、東雲は黒子に手を引かれ歩く。

「待て」

ぐっと肩を火神に掴まれ東雲は立ち止まった。黒子も立ち止まり、緊張した面持ちで火神にどうしたのか問うと、火神は静かにとジェスチャーで伝えて来る。
何の音を聞いたのか、火神は強張った顔で周囲をじっと見まわしていた。
風と葉擦れの音しか聞こえてこない林の中で小さな金属音のようなものを聞こえた気がして、黒子はハッと音の方を見やる。一瞬、何かが光るのが見え、黒子は咄嗟に東雲を庇うように突き飛ばした。
地面に倒れ込んだ東雲が黒子を見上げるより先に、火神の悲鳴じみた声が黒子を呼んだ。
なに、と見上げた先、黒子の胸のすぐ下辺りから、銀色の棒がはえている。

「テ、テツヤくん、」

ざあっと顔から血の気が引いていく。
よろめき倒れ込んだ黒子を火神が咄嗟に支えた時、がさがさと音を立てながら誰かがこちらへやってきた。

「案外中るもんだなー、俺って結構素質あったり?な、、そう思わね?」

嘲りを多分に含んだ声は心底愉快だと言いたげに笑っている。

「ご機嫌いかが、東雲ちゃん」

悪意に歪んだ顏で笑う高尾和成がボウガンを片手に立っていた。

全部濁った色になる

2022.09.16