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シューティングゲームに似ている、と時折見える影へ向かって弾を撃ち込みながら赤司征十郎は思った。
実際にそういったゲームで遊んだことはないけれど、テレビや兄と出掛けた際に通り掛かったゲームセンターで同年代くらいの少年たちが遊んでいるのは見たことがある。様々な場所から現れる敵をひたすらに撃っていくのは、現状によく似ていた。
そして淡々と機械的に引き金を引きながら、赤司は感心もしていた。青峰大輝はよく動き、予期していなかった場所から唐突に現れる。やはり青峰の身体能力は赤司より格段に上だ。

「(次はどこだ)」

素早く弾を詰め替え、青峰の気配を探す。と、その時不意に硬質な音が上の方から聞こえてきた。
ここには自分と青峰しかいないと思い込んでいたが、こんな隠れやすい場所に誰もいない可能性は低い。青峰に気を取られてすっかりそのことを失念していた。
赤司は倉庫上部に設置された、幅二メートルほどの足場のようなものを見上げ、一瞬見えた影に顔を顰めた。華奢な人影は男のものではなさそうだが、如何せん暗くてあまり見えない。
ここに逃げ込んでいた誰かがただ身を潜めているだけならばいいが、もしどちらか、もしくは両方を攻撃してくるようならば少々厄介なことになる。下から上はよく見えないが、上からだと窓から多少日差しが差し込む分どこに誰がいるかある程度見えるはずだ。
面倒なことになったか、と思いながら赤司は移動しながらまた足場を見上げる。
通路のところどころに置かれた段ボールが壁となってやはりよく見えない。けれど誰かはいる。一度倉庫を出たほうが良いだろうか、と思案しながら青峰の影を追い木材の傍から離れた。
と、すぐに銃弾が飛んできた。青峰ではない、上からだ。
赤司は咄嗟に懐中電灯を取り出して上を照らした。自身の場所が一時的に割れたとしても、上にいる人間が分からないままよりはいい。ぱっと照らされ浮かび上がった人影はさっと物陰へその身を隠したが、翻った長い髪は桃色をしている。
桃井さつきだ。厄介なことになった。
桃井は確実に青峰を援護するだろうし、ここに彼女がいるのならば寺山がいる可能性も非常に高い。三対一、かつ二人は上にいる。
青峰自身もここに二人がいることは予期していなかったらしく、驚きの声を上げていた。

「(さて上から片付けるか、それとも引くか)」

行けるのならば足場に上りたいところだが、確実に上っている最中に撃たれるだろう。階段があれば良かったが、ここには梯子しかない。
赤司は手早く残りの弾数を確認した。まだ余裕はある。
ならば、やるべきだ。
青峰を追い詰めながら足場にも気を配るという消耗の激しい状況に、何度か苛立ち紛れに舌打ちしてしまう。
ひとつ気になるのは、足場の上を走り回る桃井らしき人影の姿は見えるものの寺山らしき姿がどこにも見えないことだ。

「(ここにいないのか)」

あの桃井のためだけに息をして生きているよう人間が、こんな状況下で桃井のそばにいないとはとても考え難い。
ふと赤司はまたあのゾッとするような感覚を覚え、ほとんど反射的に身を引きながら振り返った。銃と共に握りしめたままの懐中電灯をつけ照らす。
闇に紛れる黒髪と、ぼうっと浮かびあがるような白い顔と構えた銃。
寺山は真っ直ぐ赤司を睨み付けていた。赤司は僅かに苦い顔をしながら移動し銃を構えたが、寺山は一度撃つとすぐに暗がりへ紛れていく。
寺山が撃った弾は随分逸れた場所に中っていた。距離のある場所から撃ったのだ、訓練を受けていない限りそう中らないだろう。
ならば二人を気にするよりもさっさと青峰を片付けて行ったほうがいい。
赤司はまた明かりを消して闇に紛れながら、少しずつでも青峰を追い詰めることに集中しはじめた。


X X X


足場の上を壁に張り付くように寺山は移動していく。離れた場所で桃井が走り回り、時折赤司へ向けて発砲していた。
桃井の願いを飲んだことを後悔していないとは言わない。
しかし例え時間を巻き戻せたとしても寺山は桃井の願いを断らないだろう。彼女の願いはどんな些細なものでも、どんなに大変なものでも、叶えるのが自身の存在理由のひとつであると寺山が認識しているからだ。
何故そこまで、と聞かれても好きだからとしか言いようがない。寺山はいつだって桃井のためだけに日々を過ごしているようなものなのだ。

「(このまま二人とも相打ちになって死んでくれればいいのに)」

青峰を援護するなんて本当は嫌だった。吐き気がするほど嫌なことだ。
それは青峰が嫌いだとか気に食わないだとかではなく、単純に青峰が桃井の大切な人のひとりだからである。その“桃井さつきの大切な人”の椅子に座れるのは自分ひとりだけでいいと寺山は常々思っていた。だから青峰を助けるなんてことしたくなかったのだ。
けれどそれが桃井の願いならば。
寺山は物陰を移動しながら青峰を狙撃している赤司をなんとか目で追う。
青峰も桃井も、あんな奴を本当に殺せるとでも思っているのだろうか。するすると物陰を移動していく姿は時折暗闇に紛れ見えなくなる。
もし桃井の願いを聞かずに傍観に徹していたとしたら、青峰が殺されるのをただ見つめ手出しなどしなければ、赤司はきっと二人に気付かずこの倉庫を出て行ったかもしれない。
いくつものもしもを考えながら、寺山は再び赤司に銃口を向けた。
きっと今度も中らない。そもそも何の訓練も受けたことも無ければこう行ったものに触れたことなんざないのだ。至近距離ならまだしも、離れた場所に居る動く的になんて中るわけがない。
何度も舌打ちしながら、寺山は赤司を狙い続ける。
不意に赤司が顔を上げた。
薄闇の中でも不気味に光るようなあの目がひたりと寺山を捉える。通路部分にはどこにも窓もないためにほとんど暗闇に沈んでいるはずなのに、赤司はまるで何もかも見えているようにこちらを真っ直ぐ見つめていた。
青峰へ向けられていた銃口が寺山へと向けられる。
咄嗟に身を引き隠れようとしたが場所が悪かった。寺山がいる辺りには段ボールも木材も無く、突き当りまで移動しなければ隠れる場所はない。
回避しようもない命の危機に足が竦み、寺山はただ動くことも出来ず赤司を見ていた。
しかし赤司は発砲せずに銃口はすうっと逸らした。撃たれるとばかり思っていた寺山は足から力が抜けていきそうなのを堪え、その先を追う。

「やめろ!」

その先には桃井がいた。銃を構え赤司を撃とうとしていた桃井へ、真っ黒な穴が向けられている。
桃井もそれに気付き逃げようと一歩引くけれどもう遅かった。赤司は何の躊躇いも無く引き金を引き、桃井の元へ駆け出した寺山が辿り着くよりももっとずっとはやく、その弾は桃井の元へ届いた。
暗がりでほとんど見えていないはずなのに、運が赤司に味方したとでもいうのか銃弾は正確に桃井を捉えてしまっている。

「さつきちゃん!」

寺山の目の前で桃井の体が頽れていく。信じられないほどに酷い悪夢を見ているようだった。


X X X


木材や段ボールで出来た死角を上手く使って攻撃してくる赤司に青峰は顔を歪め、忌々しげに舌打ちをした。押されている。このまま続けていても負ける確率が上がるばかりだろう。
サブマシンガンを中心に断続的に攻撃を仕掛けているけれど、あちこちに動き回る赤司にはなかなか中らない。あの身軽さと素早さが心底腹立たしい。
また暗がりに身を隠した赤司を探していたとき、発砲音と共にパッと懐中電灯の明かりが倉庫内を照らした。何をしているのかと一瞬その明かりの先を追い、青峰は目を疑った。
スポットライトのようなその明かりを受け、一瞬桃色が見えたのだ。

「さつき!?」

すぐに物陰へと消えて行ったが見間違えるわけがない。瀧川聖司がいつだか春の色だと言っていた桃井の髪色、それと同じ色だ。

「(なんでさつきが)」

なんでここにいるんだ、どうして、と思いながらさっと倉庫上部を見回す。
通路のようなものが倉庫の壁に沿って設置されており、暗くてあまり見えないが段ボールな物がいくつか積まれているのを見つけた。上にいれば、下の様子が伺えるし隠れるには丁度良いのかもしれない。
まさかここに寺山と共に隠れていたのか。赤司はそれを知っていてここに来たのか、それとも知らずに来たのか。
じっと赤司の気配を探っていると、小さな足音が上部から聞こえ、銃声が鳴り響く。上からだ。
桃井か寺山か分からないが、恐らくこちらに加勢してくれているのだろう。
この倉庫に先ほど別れた二人がいるという思わぬ偶然に、青峰は小さな勝機を見た。

赤司の向けて来る銃口から逃れながらこちらも責め立てていく。身を隠し弾を詰め替えていたとき、また唐突に明かり通路が照らした。
冷え切った眼差しでどこかを睨みつける寺山の姿が一瞬明かりの中に浮かび、すぐに消えていく。
咄嗟に身を引いたのだろう赤司の立てる物音と寺山の狙った位置へ銃弾を撃ち込みながら、青峰は笑った。
二人の不意打ちと、それによって赤司の位置が青峰に伝わってくる。三対一ではいくら赤司でも分が悪いだろう。
劣勢から優勢に傾きつつある現状に青峰は大声で笑いたくなった。このまま押せば勝てるかもしれない、そう思いながら休む間もなく攻め立てていく。
そしてその一瞬を、確かに青峰も見た。
動き回っていた足音と気配が急に止まり、嫌な静けさが倉庫内に広がった途端、何かとても嫌な予感が青峰を襲った。それは瀧川を撃たれた時の感覚に似ている。
青峰は赤司を探すのをやめ通路にいるはずの二人を探した。下とは違い倉庫上部には窓はなく、ほとんどが暗闇に覆われてよく見えない。

「やめろ!」

寺山の叫び声を追えば、通路に人影が立ち尽くしている。それに気付いた時にはもう手遅れだった。

殺意の砂糖漬け

2022.08.31