灯台から出てくる赤司征十郎を見つけたことを青峰大輝は決して偶然だと思わなかった。何かに導かれるようにして青峰はここまで来て、そうして赤司を見つけたのだ。
青峰はもとは灰崎祥吾のものであった銃で何度か攻撃しながら、すいすいと木の間を縫っていく赤司を追って走る。あのまま撃ち合いになだれ込むと思っていたが、赤司はこちらへ向けて一度撃ったきりすぐに走り出してしまったのだ。
また逃げたのかと一瞬思ったが恐らく違う。逃げるにしては少し足が遅く、時折何かを確認するように左右を見ているのだ。どこかに誘導しようとしているのかもしれない。
赤司は方位磁針も地図も一切見ていないにも関わらずその足取りには何の迷いもなく、青峰は赤司の持つ能力の高さをまざまざと見せつけられているようで顔を顰めた。
自分が今どこへ向かわされているのか分からないままに追うのは危険だと理解しているが、それでも青峰は赤司の後を追い続けた。銃を握り直して距離を詰めようと速度をあげたとき、木々の向こうに何かが見える。
大きなトタン屋根の建物だ。
「(倉庫か……?)」
林から抜ける直前、赤司は一気に速度を上げ建物へ真っ直ぐに走っていく。そしてそのままぶつかるような勢いで建物内へと入って行った。
大きな倉庫の横には民家があり、やはりここは地図上で倉庫のある家と書かれていた場所のようである。
青峰は赤司が消えた扉の前で中に入るか躊躇い、扉を開けるために添えた手に力を入れられなかった。
金属の扉越しでは中の様子は何も分からない。音も聞こえてこない為に、赤司が中の何処にいるのかも全く判断が付かない。
つまり、侵入者をすぐに射殺するために扉横に立っていたとしても何もおかしくはないということだ。慎重に行くべきかそうすべきか。
「くそっ」
面倒くさいことをごちゃごちゃ考えるのは性に合わない。自分は直感に従って動く人間だ。
青峰は扉開けると勢いよく、半ば転がり込むようにして倉庫の中へと入り込んだ。近くの積み上がった段ボールの影へと隠れながら、倉庫内を見回した。
中は転々と存在する磨り硝子の小さな窓から入る光しかなく、ひどく薄暗い。どこもかしこも積み上げられた段ボールや木材によって出来た死角ばかりで、赤司が何処にいるのかも青峰には分からなかった。
耳を澄ませてみても、しん、と重く静まり返った空気を感じるだけで何も聞こえてこない。
どこかに身を潜め、こちらの様子を窺っているのだろう。先に仕掛けたいが、赤司がどこにいるのか分からない今、むやみやたらと動くのは得策ではない。
「(どこだ、どこにいる)」
青峰は拳銃を仕舞いサブマシンガンを握ると、積まれた段ボール伝いにゆっくりと移動を始めた。
その時、カランと空き缶が転がるような軽く高い音がすぐ右側から聞こえてきた。反射的にそちらを向き銃を構えたとき何かゾッとしたものが背を駆け抜け、青峰は勢いよく木材の陰へと飛び込んだ。
同時にすぐ近くで破裂音がした。
青峰は小さく息を吐き、体制を立て直すとゆっくりと深呼吸する。
こんな死角が多い場所ではこちらにマシンガンがあろうとなんだろうと関係ない。きっとこれを狙って赤司はここまで来たのだろう。
だとしても、絶対に負けるわけにはいかない。何よりも自分の為に。
X X X
緑間真太郎から受け取ったボウガンと自分に割り当てられた武器である拳銃だけを持ち、高尾和成は己の目と勘だけを頼りに林の中を歩いていた。
早く東雲を見つけて殺して戻らないと、緑間が死んでしまうかもしれない。東雲は西に行ったはずで、つい先ほども山の方から銃声が何度も聞こえてきていた。種類の違う音も混じっていたが、きっとあれは東雲だ。
足を速めながら真っ直ぐ西へ、島北部に位置する場所にある山へ向かっていたとき。再び、今度は自分が来た方角から銃声が聞こえてきた。
もしかして、東雲は西へ逃げたふりをしてあの近くにいたのか?そして今、もしかして、緑間を殺めたのか。
高尾はぐっと歯を食いしばり誰もいない林の中を、憎悪に燃えぎらついた目で見渡す。東雲かもしれないという可能性があるのならば行くべきだ。
高尾が来た道を引き返すように駆け出すと、また銃声が聞こえてくる。今度は断続的に。お互いに走っているのか、その音は移動していっている。
本当に東雲かもしれない。見つけたらもう逃しはしない。絶対に息の根を止めるのだ。
ただただ憎悪を胸に林の中を走る自分へ背後から声がかかる。
「カズ、あんまり音立てると人来るかもしんないぞ」
自分にしか聞こえないように潜められたその声は、少しだけ不安げに揺れていた。
「わかってる、大丈夫だから安心しろ、」
銃を落ちないようベルトへ差し込むようにして仕舞い、いつでも撃てるようにボウガンを握りしめる。銃だと音で東雲に勘付かれる可能性が高いからやめたのだ。
不意に、高尾の広い視界を何かが過った。反射的にボウガンを構えて狙い撃つ。
聞こえてきた短く甲高い悲鳴は男のものには聞こえなかった。けれど、万が一、万が一そこに東雲がいるかもしれない。高尾は矢を装着しながら滑るように声の方へ近付いていった。
「あ、や、やめて、やだ……っ」
撃たないでと懇願する女の横に、腕を抑え呻く女がもう一人。東雲の姿は何処にもない。外れだ。
高尾は酷く冷ややかな顔で謝り怯える同級生へと真っ直ぐ発射口を向けた。恐怖に染まった顔が引き攣り、悲鳴が上がる。
「うるせえよ」
人が来てしまうだろう。
高尾は躊躇いもせずに矢を撃ち放った。
静かになった女子生徒の一人の手に、何か小さな四角い箱が握られているのに気付いた。力の抜けた手からそれを拾いあげる。
「カズ、なにそれ」
昔の携帯ゲーム機のような画面の真ん中に白い点がある。そこから緑の輪が広がり消えていく。
画面をよく見れば北西の方角に山のようにも思える三角のマークと、灯台があるであろう位置には中央に黒点のある太陽のようなマークが印されている。地図記号だ。
ならばこれは。
「、これ多分探知機だぜ」
X X X
突然倉庫内に響いた大きな音に桃井さつきはびくりと肩を跳ねさせ、隣に座る寺山へ身を寄せ口を閉じた。
開けられた扉から差し込んだ光で、中に入ってきた人物が浮き彫りになる。
目に焼き付くような赤にさあっと桃井の顔から血の気が引いていった。
「大丈夫」
どうしよう、と狼狽え怯える桃井に寺山は小さな声でそう言った。あたたかな手がそっと包むように桃井の手を握り、桃井はそれに縋るように強く握り返す。穏やかな瞳が、桃井を安心させるように笑んだ。
それに少しだけ身体から力を抜いた時、また大きな音ともに誰かが倉庫内へ入ってきた。人影は背が高く、随分と見覚えのある青色の髪色をしている。
「大ちゃん……?」
ああ、本当に見つけてしまったのだ、と桃井の脳裏に最悪の結末ばかりが勢いよく駆け巡る。
異様な静けさの後、これまでにいやというほど耳にした鋭い音が響き、桃井の恐れていたことが始まった。
「どうしよう、ちゃん、どうしよう……!」
眼下では青峰が赤司に翻弄されている。このままだと青峰が死んでしまうのも時間の問題のように思え、桃井は声を潜めながらも必死に寺山へ問い、救いを求めるように取り縋った。
いつも思いもよらない方法で寺山は桃井を助けてくれる。だから今も、もしかしたら彼女には何か見えているかもしれない、そう思って桃井は寺山を見たが、桃井はじっと眼下を見下ろしたまま首を振った。
「下手に手を出したら皆死ぬかもしれないわ」
冷ややかな声は見捨てろと言っているようなものだった。
青峰は、そして瀧川も、桃井にとっては亡くしたくない家族同然の大切な人である。もうこれ以上目の前で大切に思っている人の命が消えていくを見たくはなくて、桃井は必死に寺山へ言い募った。
「でも、でも大ちゃんは、私の大事な家族なの」
「ここで助けてもいずれは死んでしまうのに?最後のひとりになるまでこれは続くのよ」
「分かってるよ、でも、」
「もしここで青峰君を助けて、あの男を殺せたとして、最後に私たち三人が残れば私は貴方を生かすために迷いなく青峰君を殺すわ。それでもいいの」
凍ったような瞳がじっと桃井を見ている。
寺山が自分を大切に思ってくれていることはよくよく知っていた。傍から見れば些か異様に見えるほどにお互いに想いあい半ば依存しあっていることも桃井は分かっていた。
「うん」
「……そう」
ふうっと息を吐いて、困ったように眉を下げながらも寺山は頷いた。
「絶対無茶はしないって約束して。自分の安全を第一に考えてね」
寺山は念を押すようにじっと桃井の瞳を見つめ、彼女が頷いたのをしっかりと確認してから十江から手に入れたSIG SAUER P230をその手へと差し出した。
ずっしりとした重みを持つその凶器に、桃井は息を呑んで目の前の顔を見つめる。
「……ちゃんは?」
「もうひとつあるから大丈夫」
一体寺山が桃井に再会するまでに何人の生徒を『桃井が生き残るため』に殺めていったのか。薄く笑う寺山に、桃井はまたひとつ問いを飲み込んだ。
何も聞かず、ただ一言礼を言って桃井は手渡された拳銃を握り締めた。
無傷で息をするくらいなら
2022.08.29