昼間でもどことなく薄暗い雑木林でその死体を発見した時、東雲は悲鳴をあげてしまいそうになった。
人がいるとも思わなかったし、まさか誰かが死んでいるとも何も考えていなかったのだ。この狭い島の中でもう何人も死んでいるのだから、どこかで死体を見つけるかもしれないとは思っていたが、今だとは全く思っても見なかった。
それぞれ胸元と背中を赤く染め、草葉に埋もれるように倒れ込んだ二つの死体は髪や草で顔がよく見えない。
東雲も特に誰なのか確認しようとも思わないので死体には近寄らず、傍に落ちていたデイパックの一つを拾い上げて中身を確認した。
水も食料も全く手つかずで、地図も禁止区域等の書き込みは何もない。始まって間もなく殺されてしまったのかもしれない、と思いながらデイパックの中を更に探してみたが、見つかったのは直径三十センチメートルほどの鍋の蓋である。
東雲は鍋の蓋を捨てデイパックを背負うと、もう一つのデイパックの中も一応確認していく。そちらも全て手つかずの状態で、支給されたであろう武器らしきものは大きめのキッチンバサミであった。刃物といえば刃物ではあるが、持っていく気にはなれずそのままデイパックに戻す。
方位磁針と地図、それに水が手に入っただけでも十分だ。東雲は立ち上がり、毒の小瓶と広川綾から頂戴してきたCz75をデイパックの中に仕舞うと方位磁針を片手に林の中を歩きだした。
手に入れた方位磁針と地図をもとに東雲はなんとか井戸の家へ辿り着くことができた。
家の中には誰もおらず、そのままそこで昼食を取りながら昼の定期放送に耳を傾ける。死者の名前の中に黒子テツヤの名が無いことに安堵し、黄瀬涼太の名前が挙がったことに東雲は驚いた。なんとなく、黄瀬は最後辺りまで上手く切り抜けて生きていると思っていたのだ。
読み上げられた名前を反芻し指折り人数を数えていく。生きている同級生は自分と黒子を抜いてあと十二人。知らぬ間に随分と少なくなっているようだ。
早いところ黒子と合流したいと思い、東雲は再び地図を広げ考えた。ここに留まり来るかどうか全く分からない黒子を待ってみるか、それともここを出て黒子を捜すか。
どちらがいいだろう。
もし黒子が自分のことを捜していたら、きっと建物を見て回るはずだ。だからここで待っていればそのうち来るかも知れない。
だが来ない可能性もある。何処かで誰かと出くわして殺されてしまえば、ここには来ないしもう二度と会えなくなってしまう。
それだけは嫌だ。黒子が誰かに殺されてしまうなんてそんなこと、あってはならない。
東雲は手早く荷物を纏めてデイパックを背負い、弾が上着のポケットに入っていることを確認してぎゅっと強く銃のグリップを握りしめる。
必ず黒子を捜し出すのだ。そして見つけた人間は殺していかなければ。少しでも生存率を上げて、最後まで黒子と生き抜くのだ。
東雲は方位磁針と地図に従い、井戸の家から北へ進んだ先にある神社を目指した。もしかすると黒子が、そうでなくても誰かがいるかもしれないから。
足早に林の中を進んでいくと、木々の隙間から赤い鳥居が見え始めた。周囲を警戒しながらも歩き、見つけた石段の先を見上げる。
風の音と自分の立てる物音しか聞こえず、とても静かだ。ゆっくりとなるべく音を立てないよう気をつけながら石段を上り、その先に見えたものに東雲は足を止めた。
日に照らされきらきらと美しく光る金髪。その髪色はクラスに一人しかいないから黄瀬で間違いないだろう。そしてその上に重なるように倒れているのは確か黄瀬が好きだと言っていた十江ではないだろうか。
「良かったね、黄瀬くん」
告白出来たのか分からないけれど、黄瀬の死に顔は薄く笑っているような、どこか幸せそうなものに見えた。
二人から離れ、境内の中を歩き回ってみたがもう一つ死体を見つけただけで、他には何もいない。そうすぐ見つかるとは思っていないけれど落胆はしてしまう。
再び石段を下りながら、東雲は山に登るか否かを考えていた。
X X X
桃井さつきたちは南の山から下り、北西に進んだ先にある倉庫のある家へ向かっていた。
寺山が、もし倉庫が無人であったらそこに隠れていようと提案したのである。
野ざらしの場所にいるよりは逃げ場は無くなってしまうものの、桃井を守る上では囲まれた場所の方が寺山には安全に思えたのだ。それに倉庫内は物が多い上に暗いため隠れやすく、梯子で上の通路へ行けば倉庫内全体が見渡せ誰かが入ってきても分かりやすい。
周囲に気を配りながら先を歩いていく寺山に手を引かれながら、桃井は赤司征十郎を追って行った青峰大輝のことを考えていた。
こうなることは分かっていたけれど、そうはならないことを桃井は願っていたのだ。しかし青峰は行ってしまった。それもたったひとりで。
もし青峰が赤司を見つけたとして、撃ち合いになったとしたら青峰が生き残る確率はどれくらいあるだろうか。赤司はそう易々と殺されるような人間ではないよう桃井には思えるが、それを青峰は分かっているのだろうか。
どうしたって桃井の頭の中には最悪の結末ばかり浮かんでしまう。
「大丈夫だよ」
ふいに足を止めた寺山が、思い詰めた顔をする桃井に優しく微笑んだ。その目が強く輝いている。
「青峰君だってそう簡単に死ぬ男じゃないわ。赤司君は確かに手強いかもしれないけど青峰君じゃ絶対に敵わないって訳じゃない。勝算もないのに突っ込んでいくほど青峰君も馬鹿じゃないでしょ?だから、そこまで不安に思うことはないわ」
鬱々と沈み冷えていた気持ちがそっと掬いあげられ、あたためられていくような心地だった。
桃井にとって寺山の言葉は魔法のようなもので、彼女の言葉はいつだって桃井を救い上げてきた。寺山に会えて良かったと心から思いながら桃井は頷き笑う。
「ちゃんって神様みたい。いつも私のこと、助けてくれるの」
「ふふ、私の神様はさつきちゃんよ」
くすくす笑った寺山は再び桃井の手を引き歩き出した。
寺山と共に居ると、始まってからずっと感じていた死への恐怖が薄れる。けれど同時に薄暗く薄ら寒いものが心を掠めていくのだ。例えばそう、寺山の銃は一体誰のものだったのかなんていうことが。
本当はずっと気になっていたのだ。今も右手に握られている拳銃と背負われた散弾銃、一体どちらが寺山に支給された物で、どちらが人の物であったのか。誰かを殺めてきたのか。
「あ、ほらさつきちゃん、見える?」
あれが倉庫、と木々の隙間から見え始めた建物を寺山が指差す。自分へ向けられる彼女の笑みはどこまでも明るく優しい。だから余計に桃井は聞けなかった。
一体貴方は誰を殺してきたのか、なんていうことは。
X X X
泣いていた茉柴も今は疲労からか再び眠りにつき、高尾和成はその痛々しい泣き跡の残る寝顔を見つめ時折頭を撫でながら、緑間真太郎と延々と他愛ない話をしていた。
そうでもしていないと、ずぶずぶと泥沼に沈んで行きそうになるのだ。
「そうじゃないのだよ、あれは、」
不意に緑間が言葉を切り、周囲へ視線を走らせた。
「どうした?」
「音がしなかったか」
その言葉に高尾も口を閉ざし耳を澄ませる。木々のざわめきと波の音。その合間に微かにがさりと何かが動く音が聞こえた。緑間と高尾は顔を見合わせ、言葉もなく自分たちの武器を握りしめる。
高尾はしっかりと拳銃を握り周囲の気配を探りながら、少し躊躇った後に眠るの体を揺さぶった。
「、起きて」
小さな呻き声と共に茉柴の目が開く。ぼんやりと高尾を見上げていた茉柴は、その顔が険しく緊張したものになっているのに気付きさっと身を起こした。
「高尾、分かるか」
「微妙……でも多分、いける」
音はゆっくりとこちら側へ向かってきている。
「どうする真ちゃん」
「茉柴がいる。どこかに隠れて避けるべきなのだよ」
「了解」
二人の間で交わされる会話は小声で、茉柴には聞こえなかった。
けれど何か嫌なことが起ころうとしているのかもしれない。周囲を気にする様子から、誰かが近付いているのだろう。二人の強張りの目立つ真剣な顔を見つめ、茉柴はポケットの中に入れた自身に支給された武器であるシーナイフに触れた。
「、こっち来て」
死角になりやすい木の密集している場所に茉柴を隠れさせ、高尾は周囲へ視線を走らせる。
その時、がさりと何処かで鳴った動く音が茉柴にも聞こえた。一体誰が来ているのか、緊張に顔を強張らせる茉柴に大丈夫だから座っていろと緑間が潜めた声で言う。
「……見えた」
「誰だ」
「……東雲」
辺りをうろつく人物を視認した高尾は顔を顰め、小さく舌打ちする。
最悪だ、東雲とは絶対に顔を合わせたくない。あれは振り切れた人間だ、他人を平気で切り捨てる上に何をしでかすか分からない。自分一人ならまだ何とかなるかもしれないが、こちらには茉柴がいる。危険だ。
「え、東雲?」
「馬鹿……!」
同じ美化委員をしている東雲とは会話をする機会が多い分、クラス内でも親交の深い存在であった。東雲は整った顔をしているが表情がころころ変わる為、どこか小動物のような可愛らしい印象があり、茉柴もよく東雲を撫でたり突いたりと可愛がっていたのだ。
茉柴のあげた声は思っていた以上に辺りに響いてしまい、高尾に口をふさがれたところでもう遅い。ふらふら周囲を歩いていた東雲の目がこちらへ向き、そして真っ直ぐ、迷いなくこちらへ向かってきた。
茉柴は口元を覆う高尾の手を剥がしながら小声で謝りながらも、二人がどうしてそこまで東雲を警戒するのか理解できずにいた。
このプログラムでは、みんながみんな、それぞれに凶器を向け合って命を奪い合うものだ。それは茉柴にもよくよく分かっている。
それこそ赤司征十郎や、寺山はためらいなく人を殺してしまえる人種だろう、彼らの周囲への関心の無さは聊か異様なほどだ。けれど東雲はそうは思えない。
東雲だけではない、自分の親しくしていた人たちはみんな、そんなことはしないように茉柴には思えて仕方がないのだ。
「こうなったらなんとか切り抜けるぞ」
「言われなくても」
顰めた顔をする二人を見る茉柴に高尾は「は何もしなくていいから」といつものように、少しだけ乱雑に頭を撫でた。
天網をすり抜けた驟雨
2022.08.12