観光協会にも診療所にも人はいなかった。診療所は奥にあった診察室の薬品棚に漁られた形跡があり、人が来たのであろうと思われる形跡はあったが、もうそこは無人で誰が来たのかなど判別出来なかった。
青峰大輝たちはそうして地図上にある主な建設物を、寺山を探すために順に回っていく。その道中も二度ほど銃声が響き聞こえ、桃井さつきはその度に寺山が無事であることをひたすらに祈った。
「ここ真っ直ぐ南に向かってけばいいんだよな」
診療所から離れ、建物の東側に面する林の中へ入りながら瀧川聖司は地図を広げ確認する。
地図上では診療所から真っ直ぐ南下すれば住宅地エリアにぶつかるようになっていた。方位磁針を手にしている桃井は瀧川と共に地図を覗き込みながら頷く。
「そのはず。それと、この辺りは十一時に禁止区域に入るからその前には出でいかないと」
「じゃあちゃっちゃと捜してくか」
絶対大丈夫、見つけるからと笑う瀧川に桃井は少しだけ泣きそうになったが、それを飲み込み笑みを返し、先を行く青峰の背を追い歩き出した。
地図通り、診療所と住宅地の間に大した距離はなく、そう歩かぬ内に家々が見えてくる。林の中とは違い住宅地内は家や塀など隠れやすい場所が多く、物陰から狙うのは簡単そうに思える。
今まで以上に注意しながら進まなければ、と三人は顔を見合わせた。瀧川がちらりと腕時計を見やってから、辺りを見回す。
「どうする、ひとつずつ行ってたらだいぶ時間かかると思うけど」
「人がいそうなとこ見てけばいいだろ」
「そんなのどうやって判断すんだよ」
「直感」
「は~出たよ大輝の第六感……」
「ふふ、でも大ちゃんの勘ってあたるから」
「さつきちゃんのがもっと正確だろ」
小声で会話を交わしながら、三人は人の気配のしない静かな道を歩いていく。
桃井はこの住む者のいない荒廃しつつある家を見回しながら、ここに寺山はいないような感覚を抱き始めていた。それこそ青峰と同じで、それよりももっと正確と今しがた言われた“勘”だけれど。
「ねえ、大ちゃん、聖ちゃん」
「んだよ」
「なんとなくなんだけど、この辺は、ちゃんいない気がする」
「あ、さつきちゃんの勘?」
「勘もあるけど、ちゃんがもしこの辺りにいたらもう出てきてそうだし」
「お前の名前叫びながら出てきそう」
「あ~分かる」
「んじゃあさっさと向こう見に行くか」
「いなさそうだったらまた言うね」
「頼むぜ寺山レーダー」
「だっせえ名前だな。寺山探知機のがカッコ良くね」
「どっちもダサいよ」
さっさと次に行こう、と桃井たちは西の方へ歩き出した。
X X X
紫原敦を逃した。追おうと思えば鶴賀水緒という荷物がある分、楽に紫原を捕まえられるだろう。だが今はまだ残っている人間が多く、そこまで一人に固執する必要はない。追いかけなければならなくなるのは、もっと数が減ってからだろう。
赤司征十郎はふうっと息を吐き、少し乱れた制服を直して歩き出した。この住宅地内で見ていない場所はまだいくつかある。ここから移動するのはもう少し見て回ってからにしようと決めているのだ。
家を覗きながら、次にどこへ行こうかと地図を思い出しながら迷う。
人がいそうだという理由で真っ直ぐ住宅地に来たため、途中にあった診療所をすっ飛ばして来てしまった。使えるものがあるかもしれないから診療所にも一度行きたいが、農協にも行きたい。支給された食品よりもまだマシな食べ物がありそうだし、そういった理由で人が集まっていそうに思うのだ。
診療所へ行くならここから北東へ向かい、住宅地を出たら北へ行かなければならない。しかし農協へ行くのならばこのまま西へ行き住宅地を抜け、北西に少し進まないとならなかった。
どちらから行くべきか暫し考え、怪我をした場合を想定し赤司は診療所へ向かうことを決めた。
方位磁針を取り出し、方向を確認すると北東へ向かいながらも散策を再開する。
通っていない道を選びながら歩いていると、視界の端にちろりと細長い動くものが映る。見れば家を囲むコンクリートの塀の上に縞模様の綺麗な猫がいた。
てっきり住民が出ていく際にペットも全て連れて行っていると思ったから、生き物はいないと思っていただけに少し驚いてしまう。ゆらゆらと長い尾を揺らしながら猫は大きな煌めく瞳でじっと赤司を見ていた。
「にう」
可愛らしい鳴き声に赤司はますますじいっと猫を見つめた。
「んなう、にゃうなう」
何か喋っている。そろりと近寄ってみるが猫は逃げず、尻尾を別の生き物様にうねうねさせながら赤司を見ていた。
「この辺に住んでるのか」
「なぁう」
「……お前の他にはいないのか?」
「んなうなうなう」
何か喋っている。ちょっとご機嫌そうな猫に、赤司はつい笑ってしまった。
猫はすぐそばまで行っても塀の上から動かず、そっと差し出された赤司の人差し指のにおいをフスフス嗅いでいる。そろそろとそのまま手を差し伸べて顎を撫でてみたが嫌がらず、思っていたよりもずっとふあふあな毛並みを赤司は堪能した。
猫の出す不思議なごろごろ音を聞きながらくすくす笑っていると、不意に猫と自分以外の声が聞こえてきた。おそらくそう遠くない。
赤司は猫に別れを告げ、猫の「なぁぁん」という返事に手を振ってから声のする方へ静かに歩いていった。
「ほんとに誰もいねーんだな」
緊張感の薄い声がすぐ近くで聞こえた。足音から位置や人数を把握しようと耳を澄ませ、赤司は猫を触るのに仕舞っていた銃を取り出す。
相手は恐らく三人で、目の前の家を挟んだ向こうの通りにいる。
木の柵を乗り越え家の敷地内に侵入し、芝生の上を息を殺して進んでいった。声はより鮮明になり、足音もすぐ近くに聞こえる。
赤司は家の影に隠れるようにして立ち、見えた影へ向けて銃を構えた。
緩めた指さきの儘
2022.07.15