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自分の放った弾が一体どこに中ったのか十江には分からなかった。けれど倒れ伏した相手から聞こえる苦しそうな声と、僅かに動く腕にまだ黄瀬涼太が生きていると知る。
はやく止めを刺さなければ、あの手で次に殺されるのは他でもない自分自身だ。十江は黄瀬のところへ震える足で歩み寄ると横たわるその身体へ銃口をまた向けた。

「ごめん」

向けられた細かく震える銃口を見つめ、黄瀬はゆっくり息を吐き出しながらそう言った。浅く息を繰り返しながら黄瀬は十江を見つめ、それから笑う。今出来る、とびっきり優しくて柔らかい精一杯の笑みだ。
どうか自分の言葉を聞いてもらえますように、と願いながら、黄瀬はじくじくと血が溢れていく腹部を十江の目から隠すように手をあて口を開いた。

君、怖がらせてごめん」

そう言ったはずなのに途切れ途切れにしか言葉は出て来なかった。こんなんじゃあ伝えたいことの少しも言えない、そう思っていたけれど十江には通じたのだろう、その顔に困惑が滲み、銃口が大きくぶれる。
十江は黄瀬の目がただただ柔らかな色を湛えていることに気付いたのだ。

「黄瀬君……?」
君、俺ね、君に言いたいこと、あって、それで君のこと、捜してたんスよ」

血は止まることなくじわじわと広がっていく。黄瀬の口からも血が零れ出していた。

「俺、君のこと、ずっと好きだったんスよ、し、知らなかったでしょ」

ぐらぐらと安定しない足場に立っているように、意識が揺れている。息が詰まって、何か大きな塊がそこにあるような息苦しさを感じていた。それでも黄瀬は話すことを止めない。

「ね、君」

あまりにも優しく、まるでとても大切なものに触れているようなその声に、びくりと十江の肩が揺れる。自分を見つめる黄瀬の目に十江はただ困惑し、そして少しずつ理解し始めていた。
自分は、とんでもないことをしてしまったのではないか。
自分がしでかしたことの恐ろしさに力が抜け、十江は黄瀬の横に座り込み、ただ黄瀬を見つめた。

「俺、君の、笑った顔、すごい好きだった」

もう十江の姿は霞んでしまってよく見えないけれど、すぐ横にいることは分かっていた。
同じクラスだったのに、ほとんど言葉を交わさなかったことを今とても後悔している。ぐずぐず考えていないで声を掛ければよかった。そうすれば今なんかよりももっとずっと仲良くなれていたかもしれなくて、そうしたら十江をこんなに怖がらせたりしなくて済んだかもしれない。
でももう良いのだ。十江に会えて、一方的にでも自分がずっとずっと抱えていた思いを伝えることが出来た。

「き、黄瀬君、」

黄瀬の言葉に十江は自分のした勘違いを酷く後悔した。一体自分はなんてことをしてしまったのだろう、どうして勘違いしてしまったのだろう、思えば最初から黄瀬は必死だったのに。何かを伝えようと必死になっていたのに、自分はプログラムへの恐怖に何も見えなくなってしまっていた。
十江は自分がつけた傷跡を隠すように置かれたその手に触れた。黄瀬の薄く開かれた口から繰り返される息は浅く、今にも途切れてしまいなほどに細い。

「ご、ごめんなさい、黄瀬君、僕、僕、」

触れた手はまだあたたかく、弱い力だったけれど握り返される。手に触れる黄瀬の血に涙が止まらない。黄瀬が手を握れたことが嬉しい、と小さく掠れた、ほとんど聞き取れない笑い声を零した。
それとともにまた血がごぼりと溢れる。

「ごめんなさい、勘違いして、ごめんなさい」

黄瀬は十江のその言葉にただ優しく笑んだ。何もかもを許すその笑みにますます涙が溢れ、苦しくなる。
もうどうしようもないほどに血は流れ、そうしてついに、繰り返されていた瞬きが止んだ。

「ぁ、やだ、待って、待って黄瀬君っ」

ふうっと最後、ゆっくりと吐き出された細い息が何かを連れていった。力が抜けていく手を縋るように握り、十江はただ叫んだ。
なんて酷いことをしてしまったのだろう。自分は取り返しのつかないことをしてしまった。
脳裏を過ぎっていくのは黄瀬が自分へ向けてくれていた笑顔と、数少ない会話だった。好きだって、一体どういう意味、どうしてそこまでして捜してくれていて、どうしてそれが自分だったのだ。
聞きたいことはまだあるのに、黄瀬の口は開かれない。どれだけ問いかけても返事はなく、ただ十江の声が反響するばかりだった。閉じられてしまったその瞳はもう二度と開かれないのだ。
自分が作った傷痕からはまだ血が流れ続け、止まらない。

その時十江は忘れてしまっていた。ここがプログラムの会場であり、今はプログラムの真っ只中で、銃声は遠くまで響き渡っていたことを。そしてその銃声を聞いた誰かが来るかもしれないということもまた、忘れ去っていた。
だから十江は黄瀬が上って来た石段の脇に広がる林の中に、誰かが隠れるようにして立っていたことに気付くことが出来なかった。
その人が持つ銃口が自分に向けられていたことにも、その銃の引き金に指がかけられていることにも、声が聞こえて来るまで気付けなかった。

「まるでドラマじゃない、悲劇的ね。泣けてくるわ」

振り返った十江に向けて、真っ直ぐ銃弾は飛んでいく。


X X X


林の中を歩く黄瀬を見つけたとき、寺山はすぐにでも撃ち殺そうかと思った。
だが黄瀬の周囲への警戒心が異様に高く、小さな物音にも凄まじい反応をしたため断念し、とりあえず後をついて行ってみることにしたのだ。どこかで隙をついて殺してしまえばいいだけの話なのだから。

「やっと見つけた!」

嬉しそうな声と、その前に呼ばれていた名前に寺山ははて、と首を傾げた。
十江と黄瀬は仲が良かっただろうか。クラス内ではあまり話しているところを見かけたことはない気がするけれど、なんて思いながらゆっくりと後を追うように石段を上り耳を澄ませる。
十江の叫ぶような声に続いて、黄瀬の弁解するような言葉が続く。雰囲気はとてもじゃないが良いとは言えない。
状況を見たくて石段の途中から脇に広がる林の中へ入り少々苦労しながら上って行くと、十江が黄瀬へ向けて銃を構えていた。遠いけれど十江の足元に同級生が一人倒れているのが見える。
なんとなくだけれど、十江はなにがあっても誰かを傷付けることはしないと思っていただけにそれは意外だった。

「殺しに来たくせに!」

十江の叫びと共に銃声が轟き、黄瀬の体が傾く。おやまあ、と多少驚きつつも様子を眺めているとなにやら二人はごちゃごちゃと会話を繰り広げ始めた。どうやら黄瀬は一方的に十江を好いていたらしい。
どこの何ていうドラマかしらん、と不謹慎にも思いながら二人の行方を見守る。桃井以外の人間にほぼ興味のないとはいえ、大好きな桃井と仲の良い黄瀬の恋の行方は多少なりとも気になるのだ。
もしプログラムの最中などでなければ、見たことを桃井にあれこれ伝えていただろう。恋バナの好きな桃井はきっと可愛らしい歓声をあげて黄瀬へ詳細を聞きに行くはずだ。きーちゃんいつから恋してたの!?全然知らなかった!という感じで。

「勘違いして、ごめんなさい」

十江の涙混じりの声に鼻の奥がつんと痛む。つられるように目元を潤ませ、なんて可哀想なのかしら、と林の中を移動して二人へと近づいていった。
とうとう黄瀬の命が尽きてしまったのだろう、十江の黄瀬を呼び叫ぶ声が辺りに響く。
ああほんとに、

「まるでドラマじゃない、悲劇的ね。泣けてくるわ」

でもすぐ会いに行けるだろう、そうしたら今度はゆっくり落ち着いて二人で話でもすればいい。
寺山は引き金を引きながら、これってハッピーエンドってやつになるのだろうかとぼんやりと考えた。それなりに近距離だったからか命中したようで、十江は黄瀬の上へ倒れ込んだ。
少しそのまま様子を見て、動かないことを確認すると寺山は林の中から出て近寄って行った。仲良く重なる二つの死体を見下ろした寺山は首を傾げる。

「あの世でお幸せに、て言えばいいのかしらね」

どこにもいないかたちを探している

2022.07.14