誰かに遭遇することを予期していなかったといえば嘘になるが、そのせいで逸れるだなんてことまでは予想していない。広い雑木林の中で東雲は深く息を吐いた。
東雲達が倉庫を出た直後、二人組の同級生に遭遇し襲撃を受けてしまった。相手側はどちらも拳銃を所持しているが、対してこちらは黒子テツヤの所持するサブマシンガンのみ。
お互い銃の扱いに不慣れとはいえ心構えも無く凶器を向けられた三人は対処しきれず、逃げる内に二手に別れてしまった。
唯一の飛び道具を持っている黒子は火神大我と共に、おそらく東雲とは逆方向へ行ってしまったのだろう、辺りには見当たらない。先ほどまで聞こえていた何発かの銃声は止んでいるし、もう決着はついているはずだ。
どちらが死んだのかは分からないが、黒子が生きていることを東雲は願うばかりだった。
「あー……最悪」
ぶん、と少し痺れたような感覚のする腕を大きく振るってアイスピックにこびり付いた血やら変な液体やらを飛ばし落とす。
アイスピックを見た火神は微妙な顔をしていたけれど、案外これだって使えるものだ。近距離じゃなければいけないのだけれど。
足元に転がる佐野雄大を足で小突くと、微かに反応があった。まだ生きている。なかなかにしぶとい男だなと感心しながら、東雲は佐野から奪い取っていた拳銃をまた構え、もう一発撃ち込んだ。佐野の持ち物であったワルサーP99は小型で軽いため携帯しやすく、命中率も良い。だがその分、少々反動がきつい代物だ。
動かなくなった佐野の傍にしゃがみ込み、もう動かないか確認する。思い切りアイスピックを突き立てた頬の穴からはまだとろとろと血が流れていて、あまり見ていると気分が悪くなりそうだった。
クラス委員長をしていた佐野は責任感が強く、また親切心も持ち合わせた男である。だからこんな状況下でも、東雲の憐れみを大いに誘う泣き顔と制止の言葉に攻撃を躊躇ってしまった。撃たないで、と武器も持たずにさめざめと泣く東雲にのこのこと近寄ってしまったのが運の尽きである。
突き出されたアイスピックに柔らかな頬を刺された佐野は地面に倒れ、手放してしまった自らの銃で止めを刺されてしまった。
制服についた土埃を払って落とし、東雲は自分のデイパックへアイスピックを仕舞い背負った。佐野のデイパックはどこかに置いて来ているのか見当たらない。ならば弾はポケットのどこかだろうと漁れば、上着とスラックスのポケットにそれぞれ入っていた。
弾も手に入れたことだし早く立ち去ろうと東雲は方位磁針を片手に林の中を歩き始めた。早く黒子と合流したいが、彼が今どこまで行ってしまったのか分からない。
うろうろ探して彷徨うよりも、もともとの目的地であった農協へ行こうと東雲は決めた。正確な現在地は分からないけれど東側へは走っていないはずだから、このまま南下しても禁止区域となっている学校にはぶつからないだろう。
とりあえず辺りを歩いて何か目印になるものを探そうと、東雲は西の方へ向かって行った。
X X X
火神が何を言っているのか黒子には分からなかった。否、黒子には何の音も聞こえていなかったのだ。その時黒子の世界は無音だった。
いつか目の前に銃口を、死を突きつけられるだろうと思っていた。これはそういうプログラムだ。
しかしどこかで思ってもいたのだ。そんなはずはない、同級生に、友達そんな恐ろしいものを突きつけるはずはないと。何度銃声を聞いても、どこかでそう思っていたのだ。
訳も分からないまま走って銃声から逃げていた時、その一つが腕を掠めていった時、黒子は恐怖に支配された心のままに引き金に指をかけて引いた。ただただ自分の身を守るためだ。
何かが体内で暴れているような動きを見せてから、同級生はくたりと倒れ伏した。辺りは嗅ぎなれない臭いに満ちている。
不気味な静寂の中、ただ純粋な恐怖が滲んだ瞳でぼんやりと今しがた地に伏した同級生を見つめる黒子を火神は何も言えずに見つめた。無表情にも見える程強張った顔に、何を言っていいのか分からなかったのだ。
身体にいくつも穴を開けて倒れているのは黒子と同じ図書委員の小嶋義行(男子八番)で、黒子とも東雲とも仲の良い読書家の生徒だった。仲の良い、友人だったのだ。
「黒子、」
茫然と立ち尽くす黒子の肩を叩こうと伸ばした手は、響き聞こえて来た銃声に動きを止めた。はっと黒子が顔をあげる。その目が何かを探すように動いて、それから火神を見た。
「は……?」
黒子のもともと青白かった顔から更に血の気が引いていく。
東雲の姿はどこにも見当たらない。逃げる最中にどこかで逸れてしまったのだろうが、ここに火神がいるということは東雲は今一人だ。
襲ってきた同級生は二人で、一人は今ここにいる。なら、もう一人は?
「、っ!」
方向も分からないままに走り出した黒子の腕を火神が慌てて掴んだ。
「黒子、おい待てって!」
「放してください!が、を捜さないと、」
「だから待てって!あいつは大丈夫だから、まずは手当てしねえと」
「だ、大丈夫?何の根拠があってそんなこと行ってるんですか?彼は今一人なんですよ!?」
黒子がなんと言おうと東雲は死なないという確信が火神にはあった。それは東雲の方にいるであろうもう一人の同級生が心根の優しいクラス委員長だから、というだけではない。
あの目、稀に見る度にどこかで似たようなのを見たことがあると思っていたけれど、あれは赤司征十郎の目に似ているのだ。躊躇いなく人を切り捨てる時の、無感情で平たい赤司の目に。
X X X
緊張しながら灯台内部へ繋がる扉を開けてすぐ、血塗れで転がる死体を青峰が見つけた時、どこか遠くで銃声が鳴った。
立て続けに短くなり、それから響いた連続した銃声は青峰の持つ物に似ている。その音に不安感と言い知れぬ恐怖を覚えながら、桃井は立ち止った青峰達の背後から中を覗き、絶句した。
「だ、だれ……」
長い髪が床に散らばるように広がっている。腹部を中心に白かったはずのブレザーが赤黒く染まり、スカートから伸びる青白い足は少し泥で汚れていた。
一瞬それが寺山のように見え、桃井は二人を押しのけるようにその死体へ近寄った。生気のない不気味な黒い目は見開かれ、恐怖に歪んでいるように見える。その顔は、加賀詩穂のものだった。
寺山ではないということに安堵した途端、目の前に死体があるという事実に眩暈がしそうになった。よく見知った同級生のあまりに無残な姿に、“プログラム”が本当に行われているのだとを嫌というほど分からせられる。
「さつきちゃん、外で待ってる?」
「だ、大丈夫」
真っ青な顔で今にも倒れてしまいそうな桃井の背を宥めるように撫でる瀧川を横目に、青峰は無言で加賀の死体を越え、中へ進んでいく。
瀧川も着いてくるが、桃井は戸口の前から動かない。その目はじっと加賀を見つめていた。
「大輝……」
弱い力で肩を叩かれ、見れば瀧川の指す方には上に繋がる階段と、その前にまたひとつ死体が転がっていた。ここからでは顔が見えず誰か分からない。けれどスカートを履いているから女子生徒であることは間違いなかった。
狭い灯台内にはあと一つ死体があり、それは何かと安藤千恵の顔をしていた。そこから誰か確認しなかった死体はおそらく川田美穂のものだろうと瀧川は結論付けた。この三人はいつも一緒に行動していたからだ。
「……」
なんとなく、青峰にはここに寺山がいたように思えた。安藤はどこか寺山に憧れているような節があり、と仲良くしたそうにしていたのを桃井伝いに聞き知っている。
実際教室でもよく声を掛けようか迷うように寺山を見ていたり、近くでうろうろしているのを見たことがある。寺山は気付いているのかいないのか、全く反応していなかったがもしかしたら今回、一緒に行動しないかと言ったのではないだろうか。だがここに、寺山の死体は無い。
「(妄想が過ぎるな)」
もしかして、を仮定するにはあまりに都合が良過ぎるし判断材料も無い。勘と言うにもあまりに薄いそれを青峰はため息とともに放り捨てた。
これは殺し合いのゲームだ。全く関係のない奴がここに乗り込んで来て銃弾をぶっ放したという可能性の方がずっと高い。
「もう行こうぜ」
あちこち探して見ても生きた人間は誰もおらず、また寺山の痕跡のようなものも見つからない。
青峰の言葉に瀧川は頷き、青白い顔で立ち尽くす桃井の腕を引いて灯台を後にした。
物語のうらがわに記す
2022.07.05