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『ではこれまでに死んだお友達の名前を出席番号順に読み上げていきますねぇ』

瀧川聖司の手から力が抜けていったあの瞬間が、ずっと自分の中で繰り返されている。延々と、巻き戻しては流してまた巻き戻されるのだ。
痛く恐ろしかったであろうに、瀧川は結局最期の時まで笑っていた。握り返してくれていた手からゆっくりと力が抜けていったあの瞬間、何もかもが心底嫌になって、吐き気がして、ただただ瀧川をこうした赤司征十郎と、そもそもこの“プログラム”を設立した国とそれに選ばれてしまった自分たちの不運を呪った。
仇をとるだろかなんだとか、そういうのではない。ただこの吐き気をとめたくて、青峰大輝は赤司を手にかけようとずうっと考えていた。

『まずは男子からです、えー、四番 太田彰彦君』

もしあの時、中ったのがもっと違う場所だったら。もしもっと早く赤司に気付いていれば、もしあの道を通らなければ、もし住宅地に行かなければ、もしあの時、撃たれたのが瀧川ではなく自分だったら。
幾通りものもしもを考えたところで意味などないと分かっていても、頭の片隅で考えてしまう。

『――十三番 瀧川聖司君――』

ばん、と耳の奥で銃声が響く。驚いた顔、衝撃に揺れた体。そして赤い、氷のような冷たい無感情の目。
本当に死んでしまった。幼馴染で、親友のようでさえあったあの男はもうどこにもいないのだ。
顔をあげると、支えあうように寄り添う寺山と桃井さつきが目に入った。

「なあ」

寺山を見つけた今、もう青峰のすべきことはただひとつになった。

「お前にさつきのこと、頼んでいいか」

赤司を捜して殺すということに桃井や寺山を連れて行きたくはなかった。これ以上失いたくないというだけではなく、彼女らのペースに合わせている暇も、守っている余裕もないからだ。
寺山は青峰の言葉を馬鹿にするように鼻で笑い、不敵に目を輝かせ言った。

「私が何のためにここにいると思ってるの?」

とんだ女だ。その顔にあの灯台で感じたことは間違いではないのではないかと思った。
寺山に出会った時、彼女は右手に銃を握り、肩から散弾銃のような銃身の長いものを下げていた。どちらがもともと寺山に支給されたものなのかは分からないが、どちらかは誰かのものであったはずだ。
青峰は灯台で見た四つの死体を思い出し、寺山は桃井のためならそれこそ本当になんだってするのだろうと再認識した。きっと、誰が相手であろうと躊躇わずに引き金を引ける。

「さつき、絶対こいつから離れるなよ」
「……大ちゃん、どうしても行くの?」

悲しみと苦しみに揺れる桃色の瞳から目を逸らし、青峰は頷く。行かなければいけない。他の誰でもない、自分のために。
青峰はデイパックを背負うと振り返ることなく山を下りて行った。何処に赤司がいるのかなんて分からないし、知る術もない。けれど必ず見つけ出して、そしてあの男に自分が鉄槌を下すのだ。


XXX


『――六番 黄瀬涼太君――』

罅割れた声が呼んだその名前に茉柴は驚いたように目を見開いて、高尾和成と緑間真太郎を見た。
このプログラム内ではただひとりを除いて皆死んでしまうということは理解している。しかし茉柴にはどうしたって信じられなかった。つい数時間前に会った同級生、クラス内でも親しくしていた同級生が死んだ。

「う、うそだ……」

『――十三番 瀧川聖司君、十五番 十江君――』

続々と読み上げられていく名前の中に茉柴と親交の深かった瀧川の名前や、黄瀬が必死に捜していた十江の名前まで入っている。それ以外の同級生達も、短くはない時間を共に過ごした浅からぬ付き合いの人々だ。
友人が次々と死んでいく。居なくなっていく。その事実を今ようやっと身に染みて感じ、真柴の身体は震え出した。



心配と、茉柴が感じているだろう痛みを思い顔を歪めた高尾が覗き込んでくる。その隣の緑間も気遣わしげに自分を見ていた。
大丈夫だといつものように笑いたいのに、頬は強張り動かない。ただただ笑うことしか自分には出来ないのに、それすらも今は到底出来そうになかった。
唇が震え、それを気付かれたくなくて強く噛みしめ俯く。何故このクラスが選ばれたのだろう、なんていう問いはもう何度も何度も自身の中で繰り返していた。同級生達が死んでいく。夢でもなんでもないその現実が茉柴を押し潰そうとしていた。
じわりと噛み締めた唇から血が滲み、口内に不快な味が広がっていく。いくら食い縛ろうと体は震え、行き場のない感情が視界を揺らしていく。
溢れてしまいそうな怒りや悲しみを押し殺そうとする茉柴に高尾はますます顔を歪め、そして血の滲む唇に手を伸ばした。

「噛むなって」
「……こんなの、おかしいだろ」

痛々しい裂け目からまた血が滲む。震えたその声は苦しげに掠れていた。

「なんで死ななきゃなんないんだよ、なんで、あいつらが!おかしいだろ、こんなの、こんな、殺し合いなんて」

叩き付けるようだった声はどんどん引き攣れた泣き声に変わっていく。白くなるほどきつく握りしめられた拳に堪らず高尾は茉柴を抱き寄せ、震える背を撫でさする。
胸に刺さる嗚咽に目を閉じ、高尾もまた奥歯を噛みしめた。
茉柴の泣き声を聞いていると自分まで泣いてしまいそうになるのだ。その苦しみが、痛みが伝わってくる。

「もうこんなの、嫌だ」

囁くように落とされたその言葉に何も言えず、高尾はただ茉柴を抱き締める腕の力を強めた。

これはなにもかもを失ってしまう嵐

2022.08.04