そう遠く離れていない場所で誰かが繰り広げていた祭りのような撃ちあいも当に終結し、辺りはまたどこか不穏な静けさが戻ってきている。
給湯室で朝食の準備を始めた多田恵理や山口真琴は一度一階の店舗から色々と缶詰を持ってきて、また二人で給湯室へこもっていた。それを横目に、特段手伝いはしない様子の斉藤あかねのとりとめもない話や噂話にぼんやりと耳を傾けている内に、東雲はいつの間にか眠ってしまっていた。
「君、そろそろご飯出来るよ」
呼ばれ優しく肩を叩かれる感触に東雲は重たい瞼を持ち上げた。少し霞んだ視界に女の顔が見える。
誰だろうこの女、とぼうっと見つめる内にそれが斉藤であり、ここが農協であることを思いだしてパッと肘掛けに靠れてしまっていた体を起こした。いつの間に寝てしまっていたのだろう。慌てて時計を見ればもうすぐ八時二十分、一時間近く眠っていたことになる。
「ご、ごめん、寝ちゃって……気抜けちゃったのかな」
「謝んなくていーよぉ、君の寝顔見れちゃったし」
「見なくていいよ、よだれとか出てない?」
「あは、照れてる」
かわいい~とまた頬に触れてくる指を心底鬱陶しいと思いながら東雲は曖昧に笑った。
「じゃ、あたし綾のこと呼んでくるね」
部屋を出ていく斉藤に手を振り、東雲は休憩室の中央辺りに幾つも並べられた机の方へ歩いていく。四人のうちの誰かが拭いたのか、給湯室の近くの机だけ埃が無く綺麗だ。
給湯室へ行ってみようと近寄った時、扉横に設置された大きな棚の下にデイパックが押し込まれているのを見つけた。あの四人の物なのだろう、四つそれぞれ口が開けられ、水のボトルが覗いていたりする。
そういえば広川以外の三人には何が支給されたのだろう。ふと疑問を抱いた東雲は誰もいないのを良いことに少しばかりデイパックの中身を検めることにした。
斉藤は広川を呼びに行っただけだからすぐに戻ってくるだろうし、給湯室の二人もいつ出てくるか分からない。なるべく手早く見てしまおうと端からさっと中を覗いてそれらしきものを確認していく。二つ目のデイパックを覗いた時、白っぽい粉の入った小さな瓶を東雲は見つけた。
取り出してみれば、ご丁寧に髑髏マークの描かれたラベルが貼られているではないか。
「(ラッキーかも)」
こんなことってあるだろうか、これを上手く使うことが出来れば弾の数を減らさずに済む。自分は随分とツイているようだ。
東雲はそれをポケットへ滑り込ませると何食わぬ顔で給湯室の扉をノックし、開けた。
X X X
すっかり疲れてしまった寺山はのんびりとした足取りで神社から井戸のある家へ行き、そこから倉庫へと歩いていた。
散弾銃を肩にかけ、黄瀬涼太と十江がそれぞれ所持していた拳銃を握りおぼつかない手つきで確認していく。
黄瀬の持っていたコルト・パイソンはリボルバー式のものだが、十江のものは自動拳銃だった。SIG SAUER P230、装弾数八発程度のコンパクトながら重心バランスが優れている代物だ。どちらがより扱いやすいのか寺山には分からなかったが、一回に撃てる数は多いほうが良いと判断しコルト・パイソンの方をデイパックへ仕舞った。
散弾銃よりはずっと扱いやすそうな拳銃が手に入って良かった。それなりに身を守れそうなものが増えたしこれで桃井さつきのことを守れる確率はあがっただろう。はやく見つけなくては。
井戸の家から少しそれた場所から伸びていた砂利道を、寺山は方位磁針片手に突き進んでいく。この道がどこに繋がっているのか分からないが、恐らく真っ直ぐ住宅地へ繋がっているのではないだろうか。
先ほど砂利道を見つけたときにそのまま歩いて行ってみようかとも思ったのだが、途中で聞こえてきた銃声のオンパレードに目的地を倉庫へと変更したのだ。明らかに機関銃的な、連射できるものの音だったからである。
そんなものに出会ってしまったら、大して動くことも出来ない自分なぞあっという間に蜂の巣状態にされて死んでしまう。そんな事態は避けなければいけない。
「わあ……随分大きいわね」
木々の隙間から見えた建物に寺山は小さく声を上げた。何かの資材でも置いていたのか、想像以上に大きな倉庫だ。
近寄り、そっとドアの隙間から覗いてみる。中は暗く、何の音も聞こえない。誰もいないのだろうか。
静かにドアを開け入ると見える範囲でも段ボールの山や木材などがあちこちに散らばっているのを見つけた。隠れられそうな場所が山ほどある。本当に誰もいないのだろうか、と思いしばらくそこに立っていたが一向に何の音もしない。無人だ。
寺山は肩から力を抜くと倉庫内へ踏み入りドアを閉める。途端、光源は小さな窓からいくつか差し込む日差しだけとなり、ますます暗闇が深くなった。暗いが、目が慣れてしまえばなんてことはないだろう。
桃井と合流できたらここに来るのもいいかもしれない。まあそのときにここが無人だったら、の話ではあるが。
薄暗い倉庫内にしばらくいたせいで外に出ると少しだけ眩しさで目がつきつきと痛む。しばし倉庫の壁に寄りかかり休み、それから寺山はまた歩き出した。
倉庫から真っ直ぐに南下した先、地図通りの場所に農協と思われる建物はあった。あの砂利道は農協にも繋がっていたようで、道はそのまま林の中を曲がりながらまた何処かへ伸びている。
寺山はぐるりと大きな建物の周りを歩き、出入口の場所を確認していった。出入口は正面以外だと二階へ繋がる錆びた階段のみ。その階段も少々頼りなく、ともすれば踏み抜いてしまいそうな錆び付き具合で本当に緊急の時以外は使用したくはないと思わせるものだった。
正面以外から入れないと分かると、寺山は小さな声で己に喝を入れ硝子の戸をくぐり中へと入っていった。生ものが腐った酷い臭いに息を詰めながら、店舗内を慎重に歩いていく。
人の気配はしないが、油断禁物だ。気配を消せる人間などいくらでもいるだろう。例えば赤司征十郎とか黒子テツヤとか。いや、黒子の場合は元々影が薄いだけだったろうか。
「(誰もいない……)」
こんな場所、誰かが来ていそうなのに。誰かが来ていそうと皆が思ったから、むしろ誰もいないのか?
ゆっくり店舗部分を見て回った寺山は、窓口のある区画へと辿り着いた。奥に従業員以外立ち入り禁止と書かれた扉がある。誰もいないことを確認して扉を開けてみれば鍵は掛かっておらず、いくつかの段ボールと階段が見えた。
寺山は少しだけ躊躇ってから、静かに階段へ向かい上っていく。と、半ばまで上った時、何かが聞こえた。
足音だ。誰かが二階を歩いている。
じっと耳を澄ませたが話し声は聞こえず、足音は一つ分しか聞こえてこない。一人なのか、今動いているのが一人だけで、あとは休息を取っているのか。
寺山は拳銃を握り締め、じりじりとゆっくり階段を上っていった。出会い頭にすぐ撃てるように安全装置をたどたどしい手つきで外す。
二階はいくつかの部屋に分かれているようで扉が三つある。また足音が聞こえ、一番奥の部屋に誰かがいるようだ。
寺山は僅かな期待を抱きながら勢いよくその扉を開けた。
「わ、ビックリした!もー、静かに開けてよ」
扉の近くに置かれたソファの傍に、水のボトルを持った東雲が立っていた。
困ったような、それでいて少し怒ったような顔はあまりにもいつも教室内で見るようなものと変わらず、寺山は構えていた銃を下げ東雲を見る。しかし、部屋の奥側にある細長いテーブルの上の五つの深皿と、周囲に血や吐瀉物を撒き散らして事切れている四つの死体に、寺山は再び東雲へと銃口を向けた。
X X X
二階にある部屋を調べ終えて分かったのは二階から外へ繋がる階段はひとつだけで、しかもそれはだいぶん古びているということとだった。それ以外出入口はなく、一階と二階を繋ぐ階段も一つのみ。
誰かが来たら困るな、とぼんやり思いながら東雲は水のボトルをデイパックから取り出し一口飲み込んだ。逃げ場の少ない二階より一階で黒子を待つべきか、とボトルから口を離した瞬間、大きな音を立ててドアが開かれた。
現われたのは拳銃を握りしめ緊張した面持ちの寺山である。驚いたことを伝えると、一瞬銃が下げられたものの斉藤たちの死体に再び顔を強張らせ銃を向けてくる。
非常に困ったことになってしまった。水を飲んでいたせいで銃を手から放してしまっている。持とうとすればすぐさまに撃たれるだろう。
「あのさ、僕は寺山さんと争う気はないから銃下ろしてもらえる?」
何も持っていないと見せるように、ボトルとキャップで塞がった手を少しだけあげ、すこし笑って見せる。だが寺山は首を振った。
「どうせそのキャップで私を攻撃する気でしょ」
その言葉に思わず真顔になった。
何を言っているんだこいつは?
「もしくはその水がとんでもない物質で、私が銃を下ろした瞬間ぶっかけようって魂胆ね」
本当に何を言ってるんだこいつは。
「……本気で言ってる?」
「私はいつだって本気よ」
「頭大丈夫?」
「東雲君に言われたくないわ。ねえ、何時からここにいる?」
「それ聞いてどうするの?」
「あれがどういうことかと思って」
「ああ、あれ?みんなでシチュー食べたんだよね。レトルトのだけど色々缶詰の具入れてくれてて結構美味しかったよ」
あったかいもの食べるとホッとするよね、と東雲は笑った。
「……やっぱり貴方に言われたくないわ、あなたの方がよっぽどね」
寺山の目が再び斉藤たちへ向けられたその瞬間、東雲は咄嗟に手元のボトルを投げつけた。銃声が一度鳴り響き、見当違いな方向に飛んだ弾が窓硝子を割る。
「何すんのよ!」
それに当然返事もせず、東雲はテーブルに置いていた銃を握ると真っ直ぐ外の階段へ続く金属扉へと走った。
銃声が鳴った以上ここには居たくない。黒子がここに来るかもしれないとしても、ここに留まり誰かと一人で銃撃戦なんてことになるのは御免こうむりたいのだ。
相手を絶対に殺せるという程自分の身体能力は高くない。例えその相手が寺山だとしても、相手が丸腰ではないならば怪我をする確率はそれなりに高いだろう。
東雲は舌打ちしたい気分で外へ繋がる扉を開け、錆び付き今にも壊れてしまいそうな階段を駆け下りた。
ころがした飴を噛まれる
2022.07.27