07

青峰大輝と瀧川聖司は幼稚園からの幼馴染であった。同じクラスの桃井さつきもまた幼稚園からの付き合いであり、三人は時には酷い喧嘩もするが仲が良い方だ。
特に青峰と瀧川はどちらもバスケが好きだという共通点がある。よく二人で出掛けては近くのコートで日が暮れるまでバスケをすることもあれば、家でNBAの試合観戦で大いに盛り上がることもあった。夏休みなどの長期休みになれば瀧川の祖父母の家がある田舎へ一緒に遊びにいくなど長い時間を共に過ごし、お互いに親友でありライバルのような存在となっていた。

瀧川は玄関口に行くまでにデイパック内を漁って見つけた方位磁針と懐中電灯を握り締め、真っ直ぐ東へ向かって行った。校舎東側にある広い運動場を真っ直突っ切って林の中へ入って行く。
大きな倒木を飛び越え何も考えずに歩いていると、ふいに視界が開けた。月明りに薄ぼんやりと照らされた黒々とした海が見える。海上の遠くに転々と灯る光は、恐らくあの男の言っていた見張りの船なのだろう。
瀧川はその海を見つめる背中を見つけ、喜色の滲む声をあげた。

「大輝!」

勢いよく振り返ったその影は一瞬何かを構えたが、すぐに遅かったなと片手をあげた。

「お前、何持ってんの?」
「マシンガン」
「はあ?」

何言ってんだ、と近付いて瀧川は目を丸めた。
黒く重たそうな金属の箱のような塊。青峰がもつそれは正確にはUZIサブマシンガンだった。装弾数は三十二発程で、少々重量はあるがその分フルオートでの射撃制御が容易になっている代物だ。
驚く瀧川に青峰が自分の武器を確認するよう促そうとした矢先、甲高い銃声が響いた。音は遠い。校舎がある方角から聞こえた音に瀧川は固まった。

「っち、始まったな……移動するぞ」

半ばパニックを起こしかけている瀧川の背を叩き、青峰は海岸を歩き出した。始まってしまった今、見晴らしが少々良過ぎるここにいるのは危ない。
二人はしばらく北の方角へ海岸沿いを歩き、一旦休もうと近くの林の中に腰を下ろした。

「何だこれ」

少し落ち着いた瀧川がデイパックから見つけて取り出したのは銀色に輝くフォーク一本である。何のおふざけだろうか、まさかこれが配給された武器ではあるまい。
瀧川はフォークを膝の上に置いて再び中を探るが、食料や地図など男が入っていると話した品物以外何も出て来ない。

「おいマジかよ……」
「お前……それで何すんの。飯でも食うの?」
「いやそれは俺が聞きてーわ」

だはは、フォークにただ笑っていた二人の耳に二度目の銃声が届いたとき、青峰はあのぞっとする程冷たい赤い目を思い出した。


X X X


機械になった気分だ。
雑木林の中で偶然見つけた須田誠(男子十一番)に再び鉛玉をぶち込んだ時も、赤司征十郎は特に何も感じていなかった。ただ淡々と着々と目の前に積まれた仕事を熟しているような感覚で、死体に配給されていた武器が何かを調べ、必要か不要かを判断する。そして足早にそこを去るのだ。
遠藤のものであった軍用ナイフを手の中で弄びながら、北へ北へと進んでいく。このまま真っ直ぐ進んでいけば山があるはずで、地図上ではその山頂には展望台が設置されていることになっている。
展望台と呼ばれるようなところに行ったことの無かった赤司は、ただ少し興味がある、というだけの理由でそこを目指していた。
灯台にも上ったことがないので後々そちらも回ってみよう、とまるで修学旅行の続きでもしているような感覚で地図を眺める。

「……井戸か」

赤司のいる場所から真っ直ぐ西に進んだ辺りに井戸の家という文字と共に家屋の絵が描かれている。
井戸。少し見てみたい。山へ行く前にこちらに行ってみようか。
その井戸の家から北の海岸を目指して歩けば道中に神社もあるようだ。神社には何度か行ったことはあるが、こういった小さな島の神社はまた違う雰囲気であろうし行ってみるのも良いだろう。
赤司は井戸の家から神社へ行って、そこから山の展望台へ行ってみようと決めた。隣に兄がいればもっとずっと楽しいだろうに、と赤司は寂しさを感じ溜息を吐く。
会いたい。今頃どうしているだろうか。
時計を見れば二時四十分を過ぎたところだった。よっぽどの理由がない限りはいつも一緒に寝ていたせいか、兄は一人では寝付きがあまり良くない。今はちゃんと眠れているだろうか、まんじりともせず夜明けを待っているのだろうか。
兄の少々高い体温を思い出して少し泣きたくなってしまう。

「―――――」

どれだけ兄を思い恋しくなっていようが、赤司は周囲への警戒を怠っていなかった。だから前方から微かに聞こえてきた話し声にもすぐに気が付いた。
思考を切り替えるように深呼吸をひとつして、集中する。
泣きそうな声で喚いているのが一人、それを宥めているのが一人。どちらも女の声で、足音は聞こえない。
銃にしようかとも思ったが弾にも限りがあるし、今のところ銃の代わりになりそうな飛び道具は手に入れられていない。ならばもう、ナイフでどうにかするしかあるまい。
赤司はナイフのカバーを外しデイパックと共に足元に下ろすと、なるべく音を立てないよう声の聞こえる方へ近寄っていく。暗がりで誰がいるのかは分からないが女子生徒が二人、立ち止まっているのを見つけた。
嫌だ、帰りたいと泣く一人を、もう一人が必死に慰めている。何度も口にされる「大丈夫だよ」は一体何に対しての大丈夫なのだろうか。

「ね、大丈夫だから行こ?地図に家があったから、どこかで少し休めば大丈夫だよ」

やだやだと首を振っていた一人が、そこでやっとぐずぐずと洟を啜りながら首を縦に振った。
移動される前にやってしまおうと赤司は宥め慰めている女子生徒の背後へまわり、一気に距離を詰めて背中上部へ勢いよくナイフを突き立てた。手のひらから伝わるなんとも言い難い感触に顔を歪めながら、力を込めて引き抜いてもう一度刺す。
突然のことに息を詰め悲鳴もあげられないまま、女子生徒は頽れた。涙に濡れた目と目が合う。ハンカチを握りしめ、ぽかんと開かれた口が戦慄いて、

「ぅぐっ」

悲鳴が漏れ出る前に柔らかな胸へ赤司はナイフを突き刺した。勢いに押されるように倒れた女子生徒は藻掻くように手足を動かし、それから胸に突き立ったナイフに細い悲鳴をあげる。
少しの間地面を這う彼女を眺め、それから赤司はその胸のナイフを引き抜いた。どくどく溢れ出る血を止めようとするように傷口を手で押さえる女子生徒を横目に、赤司はナイフに付いた血を振るって飛ばし、ポケットから取り出したハンカチでナイフに残ったものを拭き取る。
彼女たちの足元に転がるデイパックの中身を見る気にもなれず、赤司は自分のデイパックを転がした場所まで戻ると深く息を吐いて自分の手を見つめた。
気分は良くなく、きっと顔色もあまり良くないだろう。肉を裂く感触がまだありありと残っていて気持ちが悪いのだ。あまりナイフは使いたくないな、と赤司はナイフをカバーの中へ戻してベルトへ差し込んだ。


X X X


二度の銃声に高尾和成は顔を引き攣らせながらもその場を動こうとはしなかった。
校舎の正面にあたる南側に広がる雑木林の片隅、草木の茂る場所で隠れるように座り込んで高尾は周囲へ気を配っている。人よりも視野が広い、ということがこんな場面で役に立つというのはなんだか少し嫌だ。
自身に支給された武器である拳銃、ワルサーPPKに目を落とし溜め息が零れるのを止められない。私服刑事向けに作られたというそれは全長約十五センチメートルほどしかない。
こんなものでも、引き金を引いてしまえば人を殺せてしまえるのだ。自分と同じく銃を引き当てた者は、もう既に二回も人へ向けて発砲している。

「……」

全くもって気分は最悪だ、本当に。
しかし高尾ははっきりと分かっていた。自分も躊躇いなく引き金を引く側の人間であろうと。
同級生たちに対して愛着のようなものは勿論持っている。一年と少し、短くはない時間を共に過ごしているのだから。だがそれは高校に上がればすぐに忘れてしまうような薄っぺらなのものばかりで、高尾にとって同級生を手に掛けることを躊躇う材料になどならない。
校舎の玄関口から森野奈菜(女子十八番)が走り出て行くのが見える。次が高尾の待ち人である茉柴の番だ。出てきたらすぐに動けるよう高尾はデイパックを背負い立ち上がった。
手の中の銃を器用にくるりと回し、一度深呼吸する。どこまでやれるか分からない。けれど、あの眩い笑顔はなんとしてでも守りたいと思う。
睨むように見つめていた校舎から、人影が飛び出す。来た。
高尾は立ち上がり玄関口からも見える位置に立つと、周囲を警戒しながら茉柴の名を低く叫んだ。呼ばれた本人はびくりと立ち止まってから、すぐにこちらに気付いて走って来る。

「カズ、ずっと待ってたのかよ」
「あったりまえじゃん。大事な親友おいてけるかよ」

行くぞ、と腕を引く高尾に茉柴は不安と恐怖で固まっていた顔をゆっくりと綻ばせた

「な、カズ、緑間は?」
「後でくるから心配すんな」
「え、そうなの?」
「隣だったからメモ渡しといた」

地図も方位磁針も見ていないのに迷わず走っていく高尾に茉柴は少しだけ不安そうな顔をした。一体どこに向かっているのか全く分からない。高尾も何も言わず、ただ茉柴の腕を引いて駆けていく。
茉柴には真っ暗にしか思えない林の中を走りながら思い出すのは、学校から出る前に聞いた二発分の銃声だった。
目の前を走っていく高尾の手に握られた拳銃を茉柴はただ黙って見つめていた。

強さ正しさの模倣

2022.06.13