05

「て、寺山さん……」

安藤千恵の真っ青な顔が安堵に緩み、涙が目に浮かんでいる。その背後から二人、がさがさと大きな音を立てながら現われた。加賀志保(女子五番)と川田美穂(女子六番)だ。
クラス内では大人しい部類のグループである三人と、寺山は今までほとんど口をきいたことがない。もともと桃井としか親しくする気がない寺山は、青峰大輝や瀧川聖司など桃井と親しい人以外とほとんど交流を持たず、三人も見るからに性格のキツそうな彼女に自分たちから話しかけることも無かった。
三人の中ではリーダー格である安藤は落ち着きなく周囲に視線を飛ばしながら、寺山へ「今出て来たところなの?」と問い掛けた。

「そうだけど」

短く肯定しながら、寺山はダーツの矢を強く握り締めた。三人共攻撃してくるような気配はないけれど、安心も油断も出来ない。
感情の見えない顔のまま全く表情の変わらない寺山を、三人の一番後ろに立つ加賀が怯えた顔でちらちらと見ていた。寺山をじろじろと見ていた川田が一歩近付き、覗き込むようにしながら口を開く。

「ね、寺山さん」
「なに?」
「良かったらだけどさぁ、あたしらと一緒に来ない?一人じゃ危ないし」

一人だろうが何人だろうが、やられるときは皆やられるだろう。何人集まろうが危機的現状は変わらないし、人数が増えればそれだけ内部争いの確率はあがる。
寺山は冷めた目で川田を見つめ断ろうとして、気付いた。おどおどと落ち着きなく寺山や川田を見ている加賀が何かをデイパックではないものを抱えているのだ。彼女の細い腕に重たそうに抱えられているそれは、一見猟銃のようにも見えた。

「ねえ、それ何?」
「あ、こ、これ?これね、ショットガンじゃないかって千恵ちゃんが」

ショットガン、正確にはレミントンM31RSショットガンという装弾数五発程のポンプアクション式の散弾銃である。

「ショットガン?」

ぐっと眉を寄せた寺山に、何を思ったのか加賀は慌てたように首を振り撃ったりしないと弁解しようとして、それは短い悲鳴に変わった。
一度だけだが破裂音がしたのだ。
はっと寺山は息を止め辺りを見回した。多分今のは銃声だろう、誰かが引き金を引いたのだ。
寺山の脳裏に赤司征十郎と東雲の顔が浮かぶ。この二人の可能性が高い。まあ、他の誰かかも知れないけれど。
再び哀れなほど顔を青褪めさせた安藤が怯え震えた手で寺山の左腕を引く。

「ね、寺山さん、早くここ離れた方がいいよ」
「私さつきちゃんを待つから」
「こんなところにいたら死んじゃうって!」

どこにいたって死ぬときは死ぬだろうと思いながらも寺山はちらりと加賀を見た。正確には、加賀の持つショットガンを。
自身に支給された武器はダーツの矢で、これだけで桃井を守れるはずがない。桃井の武器が銃とは限らないし、寺山の物よりももっと使えない物が入っている可能性だってある。どうにかして、加賀の持つショットガンを手にすることが出来れば―――。
一度学校を振り返り、それから寺山は微かに笑んで頷いた。

「一緒に行くわ」

ショットガンを奪ったらすぐに桃井を探して迎えに行こう。足元に転がるデイパックを持ち上げ、寺山は三人の後へついて行った。


X X X


赤司は校舎裏に広がる林の中で、細く入る月明りを頼りに島の地図をじっと見ていた。
現在地である校舎裏は校舎の北側であり、このまま北上していけば展望台の設置された山にあたる。南東の方へ向かっていけば住宅地があり、校舎東側に真っ直ぐ進めば診療所、南西へ行けばまた山があるようだ。
地図は“禁止区域”の判別がしやすいようにマスで区切られ、一マスでおおよそ二百五十メートルくらい。とすれば、この島の全長は三キロメートルにも満たない小さな島だ。あの男も周囲六キロメートルほどの島と言っていた。
この小さな島に今四十一人の人間がいる。隠れられる場所はそれほど多くはないし、おそらく女子生徒たちはグループを組むだろう。
赤司は地図上に幾つかの丸と番号を振ると、地図と方位磁針を上着のポケットへと仕舞い込んだ。
一日。長くても一日以内に片を付ける。
そう決め、赤司は自身の武器である装弾数十五発程のベレッタM92FSを握りそのまま北へ歩いていった。赤司の武器であるその拳銃は反動が少なく安全性の高いもので、その扱いやすさゆえに様々な国の警察や軍隊で使用されている代物だ。
周囲に気を配りながらも考えるのは、やはり兄、皇一郎のことであった。
彼と兄は、血よりも濃い関係にあると言っても良いほど近い距離にいる。互いが互いを食い殺そうとしているような凶暴性と、相手の何もかもを受け入れ全てを愛そうとする異様な愛情とが複雑に絡み、互いを雁字搦めにしている。
けれど彼らはその異常ともいえる関係を変えようとはしなかった。満足していたともいえるだろう。閉じ切った世界で互いしか見えない状況が彼らには必要で、きっとこれから先もそれは変わらない。
もし自分がここで死んでしまえば兄は後を追うだろう。赤司自身がそうするだろうから、兄もそうなのだ。自分と兄はイコールで繋がっているのだから。
赤司は右手側から聞こえる微かな物音に足を止めた。誰かが移動しているのだろう、草葉や枝の擦れる音が聞こえてくる。砂利を踏む足音から恐らく一人だろうと判断し、赤司は木々に身を隠すように姿勢を低くしながら音の後を追った。
少しもしないうちに、おどおどと辺りを見回しながら歩く男の姿が木々の間から見えた。一人だ。
赤司は静かに深く、息を吸うと支給された銃をしっかりと構えた。
息を吐き出す。手はブレない。恐れもない。
そして何も躊躇わずに引き金を引いた。パンッと鋭く劈くような音に少しだけ顔を顰めながら、玩具のように倒れた影に駆け寄る。
足で小突いても動かないところを見るとどうやら死んだらしい。見えた顔はクラス委員長の佐野雄大とよく共に行動している遠藤太一(男子三番)のものであった。それなりに話をしたことはあるけれど、別段何の感情も湧いてこない。
赤司は遠藤のベルトに革製のカバーがついたナイフが差し込まれているのを見つけた。刃渡りは十五センチメートル程の革のグリップが巻かれたそれは、形状からいって軍用ナイフだろう。
赤司はそれを抜き取り自身のベルトに差し込むと転がる遠藤のデイパックも拾い上げた。それから再び北へと歩き始める。その歩調には何の乱れもない。
たった今クラスメイトの一人を殺めたというのに、彼の中は静寂を保っていた。


X X X


銃声が轟いたとき、黄瀬涼太は校舎左手、東側に広がる雑木林の中を歩いていた。
青褪めた顔で動きを止め黄瀬は自身の腕時計を見る。時刻は深夜二時半前。
一番初めの青峰が教室を出たときは一時半だった。たった一時間しか経っていないのにもう誰かが引き金を引いている。同級生たちとの殺し合いはもう始まってしまったのだ。
黄瀬は自身の武器であるピッケルを強く握りしめて、その鋭い先端を見やり唾を呑み込む。
もし、同級生達と争うことになったら、自分はこれを振るうのだろうか。振るうことが出来るのだろうか。誰かの命を奪うということに耐えられるのだろうか。

「(でも、やらなきゃやられるんだ)」

教室で男に書かされたその言葉が浸み込んでしまったようにそこにある。
始まってしまったのだから、もう言葉通りになっていくのだろう。殺さなければ殺される。力を振るわなければ自分が死ぬ。
黄瀬はどこか呆然とした眼差しでピッケルの先を見つめていた。このピッケルを振るイメージ。誰かの体に突き立てるイメージ。血飛沫。どれも上手くいかない。いかなくて当然だ。
黄瀬はデイパックを背負いなおすと学校へ向かい歩き出した。そろそろ十江が出てくる時間だ。
黄瀬と十江はただの同級生でしかない。黄瀬にとってそれだけではないのだが、十江にとっての自分はただの同級生の一人でしかない。
黄瀬はクラスの中でも中心に位置する人間で、いつだって人々に囲まれ誰かがそばにいた。反対に十江は静かに一人で読書をしているような目立たないタイプである。タイプが違いすぎる二人はクラスでもほとんど会話する機会はない。
けれどそんなほとんど接点もないような十江に、黄瀬は密かな想いを寄せていた。切欠はなんてことない些細な言葉だ。
部活で遅くまで残っていた自分にかけられた、お疲れ様という優しい声と十江の柔らかな笑顔。お疲れ様、なんて誰にだって言われるし、部員同士でも口にする。けれど彼に掛けられたその言葉は、なにかとても柔くて甘い、ふわふわとしたものに思えたのだ。
その時から彼は十江を追いはじめ、彼の誰にも気付かれないような優しさや気遣いにどんどん惹かれ、そうして好意を抱くようになっていった。好きだと自覚してしまえばもう、気軽に声をかけるなんて出来なくなってしまった。
ただ見つめ、どう話しかけよう、どう仲良くなろうと思っているうちに、こんなことになってしまったのだ。
校舎が見え始め黄瀬は一度足を止めた。誰かが出てくる。よろよろと安定しない足取りで玄関口から飛び出し走っていく細い背中。

君!」

その背に声をかけ、走る。
けれど彼は忘れてしまっていた。自分が、ピッケルを握っているということを。

好き勝手軋む名前

2022.06.12