寺山と桃井さつきの関係は、親友と呼ぶには少し近過ぎるものだった。
いつも二人は一緒で離れているところなどそうそう見かけない。ぴたりと寄り添いあうさまはさながら恋人のようですらあった。
二人の出会いは中学校に入学してからだが、生まれた時から共にいるように二人は互いを理解していた。
そうして互いを想い合い支え合うようにして、二人で立っている。駆け引きや嫉妬などの薄暗いものを一切捨て去ったような清廉さを纏いただただ柔らかで温かい、それが寺山と桃井の間にあるものだった。
それが今、この国によって決められた実験プログラムによって脆くも崩れ去ろうとしている。
寺山は学校を出て真っ直ぐ正面を進んでいった。校舎の正面である南側はちょっとした広場のようなスペースがあり、その向こうに雑木林が広がっている。現在時刻が深夜二時過ぎでほとんど真っ暗闇なことと相まって、林の中の方が身を隠しやすいと判断したのだ。
寺山はなるべく音を立てぬように林の中へと入って行った。桃井が出てきたらすぐに駆け寄れるように、出来るだけ学校の近く、玄関口が見えるところがいい。
同じような考えの人間が辺りにいないか気をつけ、確認しながら進む。
しばらく草を掻き分けるように歩くと、中腰になれば玄関口がしっかり見える場所を見つけた。辺りを見回し、耳を澄ませ、自分以外が近くにいないことを確認してやっと、寺山はデイパックを木の根元に下ろした。
桃井が出てくるまで荷物の確認をしようとデイパックの口を開ける。あの忌々しい男はデイパックの中に少量の飲料水と食料、島の地図とボールペン、方位磁針、懐中電灯、それからそれぞれ違う武器が入っていると言っていた。その武器で戦え、とも。
木々の隙間から入る僅かな月明りをなんとか頼りにデイパックの中身を探り、草むらに並べていく。男の言葉通り、パンのような包みといくつかの缶詰、一リットル程のペットボトルが二本、それから懐中電灯が一本入っている。
そしてその奥に、何故か木製ボードのダーツセットが入っていた。
「嘘でしょ……」
なんだこれは。
ダーツボードを引っ張り出し、掲げて、引っ繰り返す。どこからどうみても、何をどうやってもただのダーツボードだ。何か書かれているわけでもなければ、何か仕掛けがあるわけでもないただの板。
まさかと思いながらデイパックの中を探ってみるが、革の入れ物に入ったダーツの矢以外の物は何も入っていない。
そのまさかであった。このダーツで戦えということなのだ。
矢の先端は確かに尖っているし柔い人体には刺さるのかもしれないが、こんなもの至近距離でなければ何の役にも立たない。
くそ、と寺山が舌打ちした時、すぐ近くの草が音を立てた。すぐに動けるように腰を浮かせ、なんとも頼りない矢を握りしめて音の方を睨む。
がさがさと大きな音を立てながら草をかき分けて現われたのは、真っ青な顔をした安藤千恵(女子一番)であった。
X X X
黒子テツヤにとっての東雲は、かけがえのない大切な愛する人である。
小学校で出会い読書が好きという共通事項で仲良くなり、それなりに長い時間を共に過ごして恋が芽生え、今では何が何でも守ろうと決意するほどには東雲のことを黒子は愛していた。
玄関口を出てすぐに右手、西側に広がる雑木林へ身を潜めた黒子は、まず辺りを見回した。
黒子のいる雑木林の向こうにはすぐ小高い丘があり、反対側は見える限りでは運動場のような平地が広がっている。校舎正面側はそれなりに広い平地が続き、その先には木々が生い茂っていた。道のようなものがあるから、その先は住宅地なのかもしれない。
黒子はしばらくその場で考えた後、校舎の裏も見てみようと周囲に気を配りながら木々の間を縫い裏へ回った。林の中はほとんど月明りがささず、慎重に歩かなければ転んでしまいそうなほど暗い。
校舎裏は、正面同様雑木林が広がっていた。この辺りはあまり人の手が加えられていないのだろうか、暗さもあって林がどこまでも続いているように感じる。東雲と合流したらしっかりと地図の確認をしよう、とまたもと居た林の方へと戻って行く。
木に手を付きながら少し歩いたところで、左手側で何かが動いた。
息を詰めて身を屈めながら精一杯気配を殺す。草や枝を踏む音はどんどん近付いて来ていた。
一歩足を引いてすぐに駆け出せるように体重を移動させようとした時、音の正体が姿を現した。
「か、がみくん……?」
それは自分の数分前に出て行った火神であった。
ぐっと眉を寄せてから大いに驚いた顔をした火神は「黒子!?」と叫んだ。その声の大きさに黒子はさっと顔色を変え、静かにしてくださいと火神を睨みつける。
火神はすぐに気付き謝りながら黒子を手招いた。
「こっちにいい場所を見つけたんだよ。玄関が見える。東雲、待つんだろ?」
「ええ、ありがとうございます」
黒子は頼れる仲間がいたことに安堵の息を吐きながら、小さく笑った。
黒子と火神は正反対なように見える、実際趣味も何もかも違う。けれどどこかウマが合うのか、クラス内でも仲が良く東雲を含めた三人で共に行動することがよくあった。
「お前もうバッグん中見た?」
「いえ。火神君はもう見たんですか」
「まだ」
「なら、待ってる間に確認しちゃいましょうか」
「だな」
先導されるがままに歩き、火神の見つけたという太めの木々が生い茂る場所へ腰を下ろした。玄関口がぎりぎり見え、太い木々で周囲からは分かりづらい確かに待つには良い場所だ。
火神と黒子は校舎の玄関口を気にしながらデイパックを開き、真っ先に見つけた懐中電灯をつけた。草むらの中に置いて光量を落とし、次々に確認していく。
「これは……銃、ですか?」
黒子はデイパックの一番奥に入っていた四角く無骨な塊を引っ張り出した。
拳銃にしては少々大きいように思える。長方形の箱に取っ手をただ付けたようなあまりにそっけない作りのそれに、火神は小さく口笛を吹いた。
「それ、サブマシンガンだぜ」
火神の言葉に黒子は目を丸め、再び手元の金属の塊を見た。
三十センチメートルほどのそれは、一時期米軍でも使用されていたことがあるイングラムM10サブマシンガンというものである。装弾数は三十発程で重さは三キログラムほど。それなりに重いけれど持って走れない程でもない。
「マガジンあるかちゃんと見ろよ」
「マガジン?」
「弾だよ弾。なんか長方形のやつ。ないか?」
「……あ、ありました。詳しいんですね」
「お前が知らなさ過ぎるだけだろ」
そう言って自分のデイパックの中身の確認へ戻った火神は、はっと短く嘆息した。火神が引っ張り出したのは、何かのパッケージだった。
長方形で上には引っ掛けられるように穴が開いた、店でよく見る梱包だ。
「何ですか、それ」
「包丁だよ、フツーの」
ほら、と見せられたものは確かに家庭一般で使われる文化包丁であった。男の言っていた不確定要素はこういうことだったのか、と黒子は納得した。
いくら身体能力に恵まれていても遠距離と近距離ではどちらが有利か分からない。ゲームバランスを整えるためには必要だ、と楽し気に言う男の顔が浮かんだ。
デイパックの中身を検め終え、仕舞いなおしてから黒子は火神から銃の使い方を一通り習った(火神の知識はモデルガンによるものらしい)。付け焼き刃なもののとりあえず扱えるようになったところで、時間通りにいけばそろそろ東雲が出てくる頃合いとなり二人は荷物を纏めた。
しばらく玄関口を睨むように見つめ、二人ばかり見送ったところで待ち人が出て来た。玄関口から漏れ出る明かりに照らされた顔は緊張に強張っている。周囲を見渡す東雲に、黒子は荷物を火神へ預けて駆け寄った。
「!」
ハッと身を強張らせた東雲の手を取り、そのまま再び火神の待つ林へ走って戻る。林の中へ入ってすぐ歩みを止め、周囲に意識を配ってから黒子は東雲を見た。
「すいません、いきなり引っ張って。痛めてないですか」
「ん、大丈夫。待っててくれてありがとう」
安心したように笑う東雲の乱れた髪を直してやりながら、黒子は火神と会ったことを話し彼の待つ場所へ東雲の手を引いて歩いた。
「火神くんもいるならちょっと心強いね」
「そうですね、サバイバルに関しては彼の方が詳しそうですし」
火神の待つ場所へたどり着き片手をあげたところで、どこかからパンッと弾けるような鋭い音が聞こえてきた。
それはゲーム開始後で最初の銃声であり、最悪の椅子取りゲームが本当に始まってしまった合図だった。
「今のって」
「多分銃声だ。近いかもしれねーから移動するぞ」
低い声でそう言った火神は黒子へデイパック渡すとすぐに林の奥へと歩き出す。怯えた顔をする東雲を手をきつく握り、黒子は安心させるように少しだけ笑んでから火神のあとを追いかけた。
願わくばを願わねば
2022.06.06