『女子いきますよぉ。一番 安藤千恵さん、二番 岩部怜さん、三番 梅村沙織さん、五番 加賀詩穂さん、六番 川田美穂さん、十四番 早瀬紗恵さん。以上!』
その途端、桃井さつきは詰めていた息を吐きだし半ば崩れるように顔を覆った。この島のどこかに、まだ寺山はいると分かって安堵したのだ。まだ会える可能性はあるという事実にじんわりと目が潤む。
隣で放送を聞いていた瀧川聖司も良かったね、と桃井の肩を叩いて笑った。
放送の男は楽しげな声のまま、禁止区域の発表を告げ始める。
「あっ、メモしなくちゃ」
桃井は慌てて用意していた地図とボールペンを引き寄せ、まだ僅かに震える手で書き込んでいく。その頬はほんのりと血色が戻っていた。
それをぼんやりと眺めながら、青峰大輝は先程名前を読み上げられた灰崎祥吾のことを思い出していた。
そりゃあ身体にあんなにも穴を開けたのだ、死んでいて当たり前だろう。分かっている。分かっているけれど、そうしたのが自分なのだということがまだ飲み込み切れていない。まだどこかで現実ではないように思えてしまう。けれど実際に灰崎は死んで、殺したのは自分なのだ。
「大輝?」
瀧川が心配そうに眉を下げ覗き込んでくる。桃井も気遣うような顔をしていてこちらを見ていた。
「大丈夫か?」
「別になんでもねーよ。つか腹減ったし飯食おーぜ」
誤魔化すようにそう言って目を逸らし、デイパックの中を漁る。スーパーで安売りしていそうなパンと缶詰が三つ。青峰は迷わずパンを手に取ってペットボトルも取り出した。
「そうだな。……さつきちゃんも食べれそ?」
「うん、ありがとう」
「これ食ったら寺山さん探しに行くか」
パンの袋を開けながら瀧川は朗らかにそう言い、桃井も嬉しそうに頷く。その和やかで穏やかな空間が、青峰にはなんだかとても遠くに感じて置いていかれてしまったような心地がした。
会話に混ざらず黙ってパンを齧る青峰を桃井は心配そうに何度も見ている。その視線にすら煩わしさを感じてしまって、どんどんと気分は沈んでいった。
「大ちゃん、ほんとに大丈夫?顔色悪いよ……」
「うるせーな、大丈夫だっつってんだろ」
「でも……」
まだ何か言いたげな桃井をそっと止めた瀧川がじっと真っ直ぐな目で見つめてくる。いつもは鈍くて勘も悪くてどうしようもないと思っている瀧川は、時折驚くほど鋭く何かを察するときがある。
そしてこういう目をするときは大抵、そういう時だと青峰は知っていた。
青峰の目をじっと見ていた目がふっと緩んで、数度、胡坐をかいた膝を叩かれる。瀧川は何も言わなかった。何も言わず、何も聞かず、ただ青峰の膝を軽く叩いた。
それからすぐに瀧川は青峰から目を逸らし、また桃井と和やかに話し始めている。
「(……なんなんだよ)」
何も言われなかったけれど、たったあれだけで瀧川が何を言いたいのか青峰には伝わった。それだけで今の青峰には十分だったのだ。
滲みそうになる涙を堪えパンを平らげると、青峰はいつものように二人の会話に混ざっていった。
X X X
『それではみなさん、頑張ってくださぁい!』
ひび割れた男の声はそれでも妙に不快な粘着質さは健在であった。
放送で読み上げられた同級生の名前は全部で九つ。自分をいれてあと三十二人、この島にいる。思っている以上にまだまだ同級生達は残っていた。
地図に禁止区域と該当時刻を書きこみ、赤司は再び静かな住宅地内を歩き出した。
ここも十一時にはほとんどの家が禁止区域に該当してしまう。その前にどこかで少し仮眠を取りたい。どこかいいところはないかな、と思いながら家々を覗いていけば大きな出窓のある家が目に入った。
出窓から中を覗くと広いリビングの端にアップライトピアノが見えた。
小学生の頃、兄と一緒にピアノを習っていたことがある。同時期にこれもまた一緒に習っていたヴァイオリンは赤司の方が上手かったが、ピアノは兄の方が上手かった。ピアノの講師の自分たちを見る目が嫌だと兄が言って中学校にあがる前に辞めたけれど、今でも兄は時折ピアノを弾いてくれる。
赤司は兄の奏でるピアノの音が好きで、兄がピアノを弾くときは必ずそばに座って聞いていた。
ぼんやりとそんなことを思い出しながら、赤司は深くため息を吐く。
また兄が恋しくなってしまった。もう何を見ても兄を思い出してしまう。
適当な家に入ってさっさと寝よう、と赤司は近くの家のドアを開け中に入った。一瞬迷ったが土足のまま上がり込み、銃を構えながらドアを開け誰かいないか確認していく。気分はさながら凶悪犯のアジトに乗り込んだFBIだ。
些細な音も聞き逃さないよう細心の注意を払いながら二階も全て確認し、再びリビングまで戻ってくると赤司は満足げにふう、と息を吐いて「オールクリア」とやけに楽しげに呟いた。
“ごっこ遊び”なんて何年ぶりだろう、と口元を緩めながらソファに腰掛ける。少々柔らかすぎて座り心地はあまり良くないく、寝転んでみるとずぶずぶ沈んでいってしまった。まあでも我儘なんて言っていられない。
銀色の首輪のせいで少し息苦しい感覚に苛まれながら、赤司は目を閉じた。壁に掛けられていた時計の音がやけに耳に付く。人の家な上に状況が状況だからか妙に落ち着かず、身体は疲れているし眠れない。
狭いソファの上で寝返りをうって横を向くと、棚に並べられた写真立てが目に入る。父親と母親の間で少女が楽しそうに笑っている、仲睦まじそうな写真だ。思い出の品であろうに持って行かなかったのか。どうしてだろう、と考えだしてしまって、眠りはどんどんと遠ざかっていく。
どこででも眠れると思っていたのに、と赤司は深く息を吐いて起き上がりリビングの大きな窓を開けた。朝方のひんやりとした空気が部屋に入ってくる。
もう兄は起きただろうか。いや、まず一人でちゃんと眠れたのだろうか。眠れないままに朝を迎えてしまっているような気がして心配になってくる。まだ兄と離れて一日も経っていないのに、久しく会っていないような感覚に赤司は陥っていた。
はやく帰って、はやく会いたい。
物憂げな溜め息をまた吐いて、赤司は再びソファに身を沈めた。そして拳銃を握り、もう一度目を閉じた。
ぬるい雨のような体温
2022.06.29 | 第一部終了